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第21話

 肩から背に回した紐で和史の身体に固定された、ちんどん太鼓。日曜大工の得意な八百屋のご主人が作ったというそれは、木枠を組んだ中に二つのサイズ違いの小太鼓と、空のクッキー缶が並んでいる。多分、本来は缶のところにはバチで叩けばチンチンと甲高い音が鳴る金属製の鉦があるはずだが、予算の関係でそこまでの再現は出来なかったらしい。缶でもそれなりに音は出るから良しということだ。


 微妙に不格好なその楽器を抱えた和史が、莉緒達の前に明日のイベントで演奏しながら配り歩くというチラシを一枚見せてくる。スーパーボールすくいに、射的、輪投げなどのゲームコーナーに、缶バッチやお面作りなどの工作屋台の開催のお知らせ。


「こども縁日をやるんだ、懐かしいなぁ。私も小さい頃によく連れてって貰ったよね」

「あの頃は金魚すくいもあったからなぁ。裏の池で飼うんだって言って、莉緒は金魚すくいばかりやりたがったな」


 懐かしい思い出話を始める親子の横で、カマイタチが机の上に置かれたチラシへと身を乗り出す。こちらの世に来たのは初めてだから、子供向けの催しでさえ珍しく目に映るのだろう。マジマジと食い入るようにチラシを見ているあやかしへ、莉緒は簡単に説明してあげる。


「子供を連れたお客さん向けに、商店街の人達が小規模なお祭りをするみたいですね」

「お祭り、でございますか……」


 縁日とは言っても子供向けのものだ。けれど、子連れ以外の客も、イベントに便乗して各店舗で値引きセールされるのを期待して来るから、普段よりは人出はかなり増えて賑やかになるはず。そう伝えると、カマイタチはハッとした表情になった。


「もしかすると、三華様もこちらにいらっしゃるのではないでしょうか?」


 莉緒達が考える祭りとは随分かけ離れてしまうかもしれないが、この世に初めて訪れてきた鬼姫には子供向けの縁日イベントでも十分に物珍しいのではないだろうか?

 街の至るところにこのイベントの告知ポスターが貼られているだろうし、周辺を彷徨っている三の姫の目に止まっていてもおかしくはない。


「でも、ただの商店街のイベントだから、花火は上がらないんだよね……」


 火の華が見たいと言って、かくりよを出て来たという鬼姫。婚姻前の思い出作りに商店街の子供縁日では物足りないだろう。まだ冬の気配の残るこの季節だけれど、探せばどこかで家庭用の手持ち花火を買うことができるだろうか? せめてそれくらいは見せてあげれないだろうか。


 ――早めに分かってたら、ネットで探してあげれたのに……。


 地元で手に入らないものだって、ネットで注文できるのは当たり前の世の中。こんなに急でもなければ、お目当ての花火を用意してあげれたのにと、莉緒は残念がる。しゅんと落ち込む娘のことを、帰ってきたばかりでその理由を聞いていなかった和史が不思議そうに見てから言ってくる。


「花火なら、明日の夜は川向こうで上がるはずだぞ。ほら、何年か前に出来た川沿いのホテル。あそこで結婚式がある時はいつも花火が上がってるだろ。明日は大安だから、打ち上げられる確率は高い」

「ってことは、夜になる前に鬼姫を探し出せれば、花火を見に連れて行ってあげられるかもしれない?!」


 念のためにホテルへ確認することを勧めながら、和史はカマイタチに向かって「じゃあ、ごゆっくり」と挨拶してから自室へと向かう。しばらく後には、奥にある父の部屋の方からリズミカルに小太鼓と空き缶を叩く音が響き始めた。



 翌朝は商店街のイベントが始まる時間に合わせて、莉緒と妖狐はカマイタチと駅前ロータリーで待ち合わせしていた。家を出ようとした時、莉緒と一緒に出掛けるつもりのムサシは、ミヤビから呆れ顔で説教をされ始める。


「お嬢ちゃんについてくのはええんやけど、そのままはアカンで。何もないとこに向かって喋ってたら、変な子扱いされるやん」


 周りの人には妖狐の姿は視えない。家にいる時のようにムサシと話していたら、莉緒は独り言を言っている不審者だと思われてしまう。ミヤビだって猫又のままでは周囲に認識されないからと、買い物へ出掛けたりする際は人の姿に化けていく。特に今日は人の集まる場所に行くのだ、一緒に行くならそれなりの姿になっていけというのが猫又からの忠告。妖狐はしばらく考えた後、その場でくるりと宙返りをしてみせる。


 と、次の瞬間には大型犬サイズだった九尾の白狐の姿は、ほぼ半分近くまで大きさを縮め、細長い口は少し丸みを帯び、大きく立派な耳も控えめになり、鮮やかな青色の瞳も落ち着いた暗褐色に変わる。もう誰が見ても狐ではなく犬にしか見えない。もちろん、尻に生えている尻尾は一本だけだ。


「紀州犬ってやつ?」

「まあ、そんなところだ」


 白毛の紀州犬の姿になったムサシが、小言を言ってきたミヤビに向かってフンと得意げに鼻を鳴らす。莉緒は久しぶりに小さくなったムサシの頭を、嬉しそうにワシャワシャと撫で回した。元々は子犬だと思って神社から拾って来たのだから、正真正銘の犬の姿になったのがちょっと嬉しかった。


「ムサシも人の姿になるのかと思ってた」

「年頃の娘が、父親以外の中年オヤジと一緒に歩いていたら余計な噂になりかねない。それより、犬と出掛けるのなら人間の常識ではリードか何かがいるのではないのか?」


 ムサシがそう言うと、ミヤビが待ってましたとでも言うように、下駄箱を開けてニヤリと笑って見せる。そして、中から出して来たのは、赤色のリードと首輪。その鮮やかな原色に一瞬ギョッと目を剥いた白犬だったが、すぐに諦めたように首を差し出していた。首輪のサイズはぴったりだったから、猫又はムサシが犬に化けることを知っていたらしい。

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