普段は落ち着いたレトロな雰囲気の商店街が、お祭り仕様のフラッグやのぼりで飾り立てられていて、何だか自然に気持ちが浮足立つのを感じる。子供向けのイベントがメインだからか、アーケードの入口では商店街名がプリントされた赤色の風船が配られていた。ピエロの格好をしているが、多分あれは文具店のご主人だ。小さな子供達に囲まれて、嬉しそうに目尻を下げている。
ムサシの首輪に繋がるリードを短く持ち直してから、莉緒は斜め後ろを付いて来ているカマイタチを振り返って確認する。「こんなに人間が居るなんて……」と沢山の人間に対してオドオドと怯えていたが、この中で唯一、探し人の顔を知っているのはこのあやかしだけだ。
「三の姫様って姿を変えられたりするんですか?」
「いいえ、変化はあまりお得意ではございません。なのでそのままの御姿でいらっしゃるかと……」
逃亡する間際には朱色の生地に桃色の牡丹が描かれた振袖を着ていたらしいから、人混みの中でもきっと見つけ易いはずだ。着物姿なら嫌でも目立つし楽勝、そうお気楽に考えていた莉緒だったが、アーケードの下に入った途端に絶句する。
「え、何で着物の人がこんなに……?!」
振袖や訪問着、色とりどりの和装の女性が商店街の中を歩いているのが目に飛び込んでくる。成人式や卒業式の季節ならまだ分かる。商店街の中には呉服屋もレンタル衣装のお店もあるし、全く見かけないという訳でもないが、観光地でもないのにこの着物軍団は一体どうしてだろう?
と、目の前を通り過ぎようとした緑の振袖姿の女性が、振り向いてこちらへと手をヒラヒラさせながら近寄ってくる。着物の色と同じ緑のアイシャドーのメイク顔をよく見てみれば、何のことはない莉緒の腐れ縁とも言うべき詩織だった。
「莉緒も来てたんだー。見て見て、さっき着せて貰ったんだ。莉緒も振袖着て一緒に写真撮ろうよ」
「詩織、なんで着物なの?」
「レンタル衣装のお店で、今日だけ千円で着物を着せて貰えるんだよ。しかも、ヘアメイク付き! あとね、着物だとケーキ屋さんの抹茶ソフトが半額なんだって」
父親からの情報では今日は子供縁日がメインだったはずだが、どうやら大人向けの催しもいろいろやっているらしい。和装限定のサービスがある店が多いから、レンタル衣装のお店に行列が出来ていると詩織がドヤ顔で教えてくれる。
「お母さんと来たんだけどさ、和菓子屋さんの前で割と本格的なお茶会みたいなのやってて、そっち行っちゃったんだよねぇ。だから今から一人で抹茶ソフト買いに行こうと思って」
「そうなんだ。今日は犬が一緒だから無理かな……」
一緒に行こうと誘って来る詩織に、莉緒はリードの先の白犬を指し示す。お喋りに夢中で莉緒が犬連れなのに気付いていなかったのか、詩織は目を丸くしながら莉緒とムサシのことを交互に見比べていた。ムサシは通路の隅っこでお行儀良く座って二人の話が終わるのを待っている。
「あれっ、莉緒って犬飼ってたんだっけ?」
「うん、ちょっと前からね。保護犬っていうやつかな」
「名前は何ていうの?」
「ムサシ。――ねえ、うちのお父さんは見てない? 今日はちんどん屋さんしてるらしいんだけど」
「あ、ちんどん屋ならさっき見たよ、もっと奥で演奏しながらチラシ配ってた。それより、すごいお利口だね、この子」
犬の姿の妖狐へと手を伸ばしかけた詩織だったが、借りた着物に毛が付くのを気遣ってか、触ろうとするのは途中で止める。「散歩中なら仕方ないね」と言いながら、慣れない草履でそろそろとケーキ屋さんのある方向へ歩いていった。
――困ったな。着物イベントがあるんだったら、服装で探すのは無理かな……。
楽勝と高を括っていた数分前の自分に蹴りを入れてやりたい。この大勢の人の中から鬼姫を探し出すのかと思うと、いつもよりも商店街のアーケードが長く感じる。本当にここに三の姫は来ているんだろうか?
段々不安になってきた莉緒は、斜め後ろを歩くカマイタチのことを再度確認するように見下ろした。
「三華様の気配はすぐ近くに感じております。傍にいらっしゃるのは間違いないのですが……」
ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、周囲を見回している。カマイタチの背丈ではこの人混みから主人の姿を見つけるのは難しいのだろう。
「うむ、確かにあやかしの強い妖力を感じるな。あの先の、童が多く集まっている辺りだな」
「あ、あそこで子供縁日やってるね。行ってみよっか」
アーケードのちょうど真ん中辺り。催事用に広く取られた場所に、小学生くらいの子供達が固まっていた。幼児連れの親子の姿もあったから、莉緒は小さな子供を怖がらせないようにと遠巻きに立ち、その周辺を見渡した。縮小化したといっても、今のムサシも中型犬サイズはある。犬慣れしていない子には驚いて泣かれてしまうかもしれない。
しゃがみ込んでいる子の周りに、それを見学する子供達。スーパーボールすくいと書かれた看板の陰に、赤い着物がチラチラと見え隠れしているのに気付く。ポイでボールをすくう友達の後ろで立って見守る男の子達。さらにその後ろから覗き込んでいるのは、牡丹柄の振袖を着た、長い髪の女性。額に小さな角を二本生やした、真っ赤な瞳の鬼姫。
「さ、三の姫様っ!」
莉緒が気付いたのとほぼ同時に、足下のカマイタチが主の名を呼び、駆け寄って行く。