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第34話・子狸の親探し

 莉緒が学校から帰ってくると、ミヤビが鼻歌交じりに玉ねぎの皮を剥いていた。炊飯器からシューシューと鳴りながら出ている湯気が醤油と出汁の香ばしい匂いを漂わせいて、今晩のメインは炊き込みご飯だと知る。


「ただいま。何かいいことでもあった?」

「ああ、お嬢ちゃんか、おかえり。そうやねん、こないだ座敷童のところから依頼料代わりに引き上げてきたもんの中に、結構なプレミアが付いてた人形があってなぁ」


 ほくほくと頬を綻ばせながら、ミヤビは鍋に入った味噌汁の味見をしている。皮を剥いた玉ねぎは薄切りにした後、水に晒し始めていたのでサラダに入れるんだろうか。オリーブオイルやフルーツビネガーなどの調味料が用意されているからドレッシングも手作りするつもりらしい。いつも和装で過ごしている猫又だったが、料理は和洋中なんでも得意らしく、簡単なものから本格的なものまでレパートリーは常に増え続けている。


 現金を持たないあやかしの依頼には、報酬は物品での支払いも受け付けるようにしたらしく、座敷童からは床の間に残っていたお供え物を譲り受けたのだという。内村家の先祖代々が彼女の為に用意した玩具の中に、今では簡単に手に入らない年代物が混ざっていたみたいだった。建物と一緒に解体される前に回収してきて正解だったと、ミヤビは得意気だ。


「それだけやないで。今、狐が出迎えに行ってくれてるんやけど、かくりよから連絡をくれた依頼人がもうじき来はるねん。わざわざあっち側でも宣伝しまくった効果があらわれ始めたってことやな」


 菜箸で調味料を混ぜ合わせた後、少しだけスプーンで掬ったものを舌先で味見している。どうやら思い通りに仕上がったらしく、ミヤビは満足そうに小さく頷いていた。


「また、あやかしからの依頼かぁ……」


 相変わらず、通常の祓いの依頼が来る気配は一切なく、今日も和史はアルバイトの為に朝早くから出ている。お札を書く内職はあれ以降は完全に廃業状態で、もう商売としては成り立たないと諦めてしまったみたいだ。


「今はそんなこと言ってる余裕は――」

「分かってるって。依頼を選り好みしてる場合じゃないんでしょ?」


 これから依頼人が来るというが、父はまだバイトに出たままだ。この流れから行けばまた自分が話を聞くことになるだろうと、莉緒は慌てて自室へと着替えに戻る。父娘と二体の式神が生活していく為には、些細な仕事でも引き受けていかなければいけないのだ。祓い屋というよりは何でも屋になりつつあるなと思いながらも、猫又から声を掛けられるまでの時間を、定期テストの対策スケジュールを組むことに費やした。


 玄関扉がカラカラと開く音がして、ミヤビが普段よりも少し余所行きの声で莉緒のことを呼ぶのが聞こえたのと、机の隅っこに置いていたスマホがメッセージの受信を知らせる為にブルブルと震えたのはほぼ同時。アプリを開くと、美羽と詩織との三人でやり取りしているグループを使って、詩織からメッセージが届いていた。


『土曜の練習試合、中止になったー。例の映画でも観に行かない?』


 今週末に予定していた他校との練習試合が無くなったからと、遊びのお誘いだ。今日のお昼休みに三人の間で話題に上がった映画は、詩織が激ハマりしてコミックスもも全巻揃えているラブコメ作品の実写版。公式サイトでチェックした後、ヒロインはイメージ通りなんだけど、相手役の男の子が全然違うとかなり切れ気味に文句を言っていた。


「原作ではね、合成画像かってくらい誰が見てもイケメンっていう設定なんだよ。でもこの俳優さんだとイケメン判定は人によるでしょ!」


 詩織的に配役のイケメン度合いが物足りないという、贅沢というか何様目線なのかっていう辛口批評。かなり力説していたから、てっきり見るに値しないとでも言うのかと思いきや……。何だかんだ言ってても、好きな作品には違いないのだろう。そういやアニメ版もリアルタイムで視聴した後、当然のようにDVDも買ってたっけ。


 莉緒は少し考え込んでみたがすぐに返事はせず、そのままスマホを机の上に戻した。週末の予定は今日の依頼によってどうなるか分からないから即答は難しい。

 ミヤビに呼ばれて向かった和室の襖を開くと、何だか妙に硬直した表情の小さな狸が、向かいに座っている白狐へと必死でゴマを擦っている姿が目に飛び込んできた。狸の横には濃紺の風呂敷包みがちょこんと置かれている。ふさふさの太い尻尾に丸い耳と、見た目はたしかに狸なんだけれど、座布団の上に器用に正座しているし、仕草や姿勢はちょっと人っぽい。


 ――狸のあやかし?


「さすがは妖狐の頂点に立たれる九尾のお狐様でごさいます。いやー、こんなご縁に巡り合えるとは、私は本当に運が良い!」


 ヘコヘコと頭を下げて愛想の良いことを威勢よく口にしてはいるが、目は笑っているどころか今にも泣きそうなくらいに怯えている。顔と台詞が合っていないとはまさにこういうことを言うんだなと莉緒は呆気に取られながら、ムサシの方の顔色を窺った。妖狐はうんざりとでも言いたげに、ハァと大きな溜め息を吐いている。


「かくりよの門まで迎えに行けば、こやつはずっとこの調子だ。誰に何を吹き込まれて来たのかは知らぬが、余計な機嫌取りは無用」

「そうやで、向こうでどんな名声があろうが、この狐もここではただの式神の一体や。気は使わんでええで」


 盆の上に湯呑を乗せてミヤビが部屋へ入りながら言う。猫又からすればムサシは同僚で、依頼主になる子狸がそんな調子ではやり辛くてしょうがない。

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