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第47話

 極力物音を立てないよう気を付けながら、須藤家の家庭菜園を横切る。先を行く猫又が見つけたのは、池の畔に立てられた石造りの灯篭裏に隠れた一体の河童。オドオドした瞳でこちらの様子を伺いながら、身体を震わせている。水かきの付いた両手は弱点でもある皿を守るように頭上に挙げていた。


「ちょっと話を聞かせて貰おうか。暴れるようなら、その皿カチ割ったるさかい覚悟しいや」


 ガラの悪い脅しの台詞を吐きながら、二本の尻尾の毛を逆立てたミヤビが灯篭へと飛び乗って、河童のことを上から威嚇している。体格から言えば怯えている河童の方が大きかったが、長い尻尾を伸ばした黒猫に対しては完全に委縮しているみたいだった。莉緒にはよく分からないが、あやかし同士だと妖力の差で優劣がつくんだろうか。河童は抵抗することもなく大人しく従っている。


 ミヤビの脅しにコクコクと必死で頷き返して降参の態度を示している河童に少しばかり同情を抱きながら、莉緒は「もう一体いるはずだけれど……」と周囲を見回した。夕方に降った雨のせいで湿り気のある空気の中、雑草が覆い茂った横庭はむわっと青臭い香りが漂っている。


 形代を動かして畑の中を探ってみると、もう一体の河童もすぐに見つかった。家庭菜園の隅っこに張られた園芸ネットの中で、身体を震わせ縮こませて潜んでいたようだった。ネットに絡ませているのはゴーヤの蔓らしく、まだ小さいがイボイボした長細い実がぶら下がっている。河童の二体に共通して言えるのは、隠れるのが下手過ぎる。ミヤビはもう一体の河童も灯篭の横に呼び寄せて自分の足下に並ばせると、順にその顔を確認していく。


「なんや、あんたらは兄弟なんか? どこからこの庭に辿り着いたん?」


 灯篭の上から偉そうに問い詰めてくる黒猫に、二体の河童が互いに顔を見合わせている。どちらが兄でどちらが弟なのか、莉緒にはさっぱり分からない。莉緒はミヤビが尋問するのを池から少し離れた場所で見守った。というか、古池の周囲は草が伸び放題だったから、何かが潜んでいてもおかしくはない。和史なら嫌がって絶対に近付こうとはしないだろう。


「――そっかそっか、最初は川の上流におったんか。なら何で、こっちに出て来ることになったん?」


 黒猫の質問に、河童達は交互にキュウキュウと鳴いて素直に返事しているようだった。河童特有の言語なのか、莉緒には全く聞き取れない。でも、猫又が話しているのは河童達にも普通に通じているようで、なんだか不思議な感覚だ。彼らの話を聞きながら、ミヤビは「なるほどなぁ」と深く納得しているようだった。


「――ああ、だからか。それなら最初からそう言ってくれたらいいのに」


 そう言ってから、莉緒の方へと振り返る。猫の姿のままだけれど、ニヤリと何かを企んだ笑みを浮かべて、上機嫌に髭を持ち上げたのが口元の動きから分かった。さっき家でミヤビが言っていた『おいしい話』の予感が的中したみたいだ。


「どうやらここの畑はこの子らが世話してたみたいやで」

「え、どういうこと?」

「慣れへん人間がこんな立派な野菜を最初から作れる訳がないとは思っててん。農業は奥が深いんや、そんな簡単にはできひん。老夫婦が適当に育ててはるのを、夜な夜なこっそり手助けしてたんやって」


 河童達が得意げにキュウキュウ鳴きながら大きく頷いている。それに対してもまたミヤビは感心した声を上げた。


「――ああ、なるほど。そら良い土になるわなぁ」

「河童は何て言ってるの?」

「貧素な土壌やったから、裏の森から土を運んで来て混ぜ込んだんやって。野菜に付く虫を除いたり、草引いたりと世話して、収穫の一部をこっそり間引いて食べさせて貰ってたって言ってるわ。共存共栄ってやつやな」


 ミヤビの通訳によると、河童達は元々は山の中に流れる川の上流に住んでいたらしい。川魚を採って食べる生活にも飽きて、好奇心から川を下って来たところ、偶然この屋敷の畑を見つけたのだという。


「川からは随分離れてると思うんだけど……」


 莉緒が不振がって怪訝な表情になると、河童達が身振り手振り必死で何かを訴えてくる。


「途中で散歩中の犬に吠えたてられて、逃げてる内に迷ってしまったみたいや。動物は鼻が利くからなぁ、あやかしの気配に気付いたんやろ。――で、ここに辿り着いたんやって」


 小さいながらも池もあり、広い畑もある。昼間は裏の森の中で隠れて過ごして、夜になると須藤家へとやってきて畑の世話をしたり、水浴びをしたりしていたのだという。河童達の手助けがなければ、ここまで立派な家庭菜園にはなっていなかっただろうと、ミヤビは感心している。

 そう言われるとこのあやかし達がここに居座り続けるのも悪いことではないのかもと思えてきたが、イヤイヤと莉緒は首を横に大きく振った。


「だからって、ここに居続けていいわけがないからね」


 祓い屋として依頼されたのは、この屋敷に現れる何かの退治だ。無害な河童だったからそのままで、と依頼者へ報告する訳にはいかない。共存は互いの合意がなければ成り立たないのだから。莉緒の意見に、ミヤビはもっともだと大袈裟に頷いて同意してくる。


「だからな、この子らは連れて帰るべきやと思うねん」

「へっ?!」


 真夜中の他人の家の庭だということも忘れて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、莉緒は慌てて両手で自分の口を塞いだ。

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