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第48話

「河童の里はかくりよの中でも有数の農作地帯やし、きっとそうやろうなと思ってん。ほら、こっちの世でも緑の手とかグリーンハンドとか言うやん、河童ってのはそういう種族やからなぁ」


 河童の兄弟を藤倉の家へ連れて帰ると言い張ったミヤビが力説してくる。植物を育てるのに優れた人のことをそう呼ぶのは莉緒も聞いたことはあったが、河童が農作物を育てるのが得意なのは初めて知った。確かに視覚的にも緑色の手をしているが、それはたまたまなんだろう。

 静枝が持って来た素人離れした立派な農作物を見た時から、ミヤビは河童が絡んでいることには気付いていたらしい。ムサシもそうだったが、犯人――否、犯あやかしの正体が分かっているのなら先に教えてくれればいいものを……


「そんなん自分で突き止めてこそ一人前の祓い屋や。一から教えてたら何の身にもならへん。日々修行や」

「でも、連れて帰った後どうするの? 河童も一緒に住むってこと?」


 ミヤビの迫力にずっとオドオドしっぱなしの二体が式神に向いているとは思えない。かと言って、養えるような余裕はないのに食い扶持ばかりが増えることになる。そもそも祓いの仕事がないのにと懸念する莉緒に、猫又が胸を張ってドヤる。


「裏庭の池に住まわせる代わりに、うちでも畑を作って貰おうと思うねん。旬の野菜が格安で採り放題になるで。この子らはただ住処がちょこっと変わるだけ。これこそ共存共栄やわ。名案や」


 つい先日に池周りの手入れをして、自然と地下水が湧き入るようになった裏庭の池。バイトが休みだった和史が全身泥だらけになって掃除していたのを思い出す。大きさ的にはこちらの古池よりも広い気はするけれど、河童達は急な引っ越しに納得するんだろうか? そう思って二体の様子を見ると、別に何でも構いませんとばかりにコクコクと頷いていた。あまり拘りはないみたいだ。水辺さえあればどこでも平気なんだろうか。


「まあ、うちの庭も広さだけはあるからね……」

「そうやろ、あと裏の宮下さんとこも頼んだら土地貸してくれると思うねんな。腰痛くて世話できひんって言って今は何も植えてはらへんやん」


 裏のお婆ちゃん家の家庭菜園状況まで把握しているらしく、ミヤビが得意げに言ってのける。確かにあのお婆ちゃんなら、事情を話せば快く河童達に場所を提供してくれそうではあるが……


「収穫した物をどこかに卸すとなると、それなりの量が必要になるし、当面はまあ自分とことご近所さんに配るくらいになるやろうけど――」


 嬉々として頭の中のソロバンを叩き始める猫又を、莉緒は呆れ笑いしながら「とりあえず帰ろう」と急かした。完全に浮かれ切ったミヤビは、ここが他所の家の庭だということを忘れてしまっている。河童の兄弟も何やらまたキュウキュウと鳴いていたが、莉緒にはやっぱり分からない。何となく喜んでいるのかなということだけは伝わってくる。けれど猫又が声を低くして河童達を諫めた。


「――それはアカン。いろんなもんを満遍なく頼むで」


 あまりに不機嫌な物言いに、河童達がしょぼんと頭を項垂れ始める。寂し気で、見るからに一気にテンションが下がっている。あやかし達が何を言っていたのかと、莉緒は猫又の通訳を待った。


「一から植えていいんやったら、全面を胡瓜畑にしたいって言ってるねん。それやったら毎食が胡瓜尽くしになってしまうやんか。好き嫌いはアカンアカン」


 それでも「胡瓜はちょっと多めくらいならええで」というミヤビの言葉に、すぐ機嫌を戻した河童達が早く早くと急かし出す。ここでは老夫婦が植えた物をこっそり世話する程度だったが、畑の土作りから自分達の好きにしていいと言われたのが嬉しかったみたいだ。よっぽど野菜作りが好きらしい。


 水かきの付いた足でテチテチと歩く河童達を引き連れて帰宅し、ひとまず裏庭へと案内してやる。すると、二体はかなり興奮気味に池の中へと飛び込んでいた。須藤家の濁ったビオトープとは違い、地下から常時取水していて透き通っている池に、全身で喜びを表してはしゃいでいる。川では上流にいたらしいから、あの淀んだ池には不満があったのかもしれない。


 河童達の様子に安心した莉緒は、ふぁっと大きな欠伸を漏らした。ポケットに入れていたスマホを取り出して見ると、まだギリギリ日付が変わる前。明後日から始まる定期テストの勉強が途中だったと、慌てて自室へと戻る。途中、和史の部屋の前を通り過ぎたが、相変わらずイビキが聞こえていたから娘が夜中に出掛けていたことすら気付いていないのだろう。


 ――お父さん、河童達を連れて帰って来たって知ったら、ビックリするだろうなぁ。


 妖狐を拾ってきた時も驚いていたが、今度は二体だ。驚かない訳がない。当然のように、翌朝の藤倉家には和史の声にはならない声が響き渡った。


「――っ⁉」


 ここでは日中も隠れる必要がないとミヤビから聞かされていた河童達は、裏庭の様子を見に来た家主へと、「お世話になります」とでも言うように深々と頭を下げて頭部の皿を見せていた。ちなみに河童の年齢は皿の大きさに現れるらしく、皿が大きい方が兄だと説明を受けたが、その差が微妙過ぎて何度見てもよく分からない。だから莉緒は甲羅の色が濃い方が兄の太郎で、薄い方が弟の次郎という風に背中で区別することにしていた。でもそれも、暗がりだと識別できなくなるのが盲点だ。


「ミ、ミ、ミヤビぃ……⁉」


 説明を求めて和史が猫又の名を呼んでいたが、「まあ、そういうことで」と軽くあしらわれ、しばらくの間を裏庭で絶句したまま立ち尽くしていたみたいだ。台所でゆっくりと朝ご飯の味噌汁を啜っていた莉緒には、父のその反応は直接見なくても想像がついた。

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