露骨な妬みの視線に、和史は「ははは」と乾いた笑いを漏らして返した。この場で複数の式神を使役している家はそう多くはなく、一瞬で大半の反感を買ってしまったも同然だ。娘が妖狐を拾って帰ってきた時に、相談の連絡を入れた相手がこの面子にも含まれているから、今更とぼけることもできない。この場に式神達の同伴を避けた意味が丸っきりなかった。ムサシもミヤビも連れてきたら何らかの騒ぎになると考えたが、一緒にいなくても結局は同じだ。なんなら逆に河童を引き連れて来た方が別の注目を浴びてよかったのかもしれない。まあ、河童とは式神契約は結んでもいないのだけれど。あれはただの居候だ。
「ほう、このご時世に九尾の狐とは珍しい。その手の大物あやかしは、昨今はめっきりかくりよから出て来なくなっているそうじゃないか」
「聞くところによると、自然廃業した家門の式神だったとか。そんなものに出会えるとは藤倉さんも運がいい。羨ましい限りだ」
白狐との出会いについて聞きたがる同業者達に、和史はムサシと式神契約をすることになった経緯を掻い摘んで話した。ただし、神社の前で見つけてきたのが娘であることは伏せて。莉緒にも人ならざるものを視る力があり、祓いの素質もあると分かれば目の色を変えてくる者も現れるだろう。さらに、妖狐の契約者だと知られたらと思うと気が気でない。
まだ高校生だろうが、娘に対して養子や縁談の話が押し寄せてくるのは目に見えている。祓いの能力は持って生まれた血筋に左右されるところが大きい。ムサシの元の契約者のような自然廃業はしたくない家はこぞって能力者同士の婚姻を結びたがる。素質のある血が絶えた時は、祓い屋の看板を降ろさざるを得ないのだから。そのせいもあって、幼い頃に家同士が決めた許嫁という古き悪しき慣習が、この時代にも関わらず平然とまかり通っているのがこの世界。
――莉緒に政略結婚なんて、冗談じゃない……
己と妻との過去を思い出し、和史は小さく眉を寄せる。この場にいる者の大半が祓いの能力だけが全てだと考えているはずだ。お札を作ることしか能のない自分には立派過ぎる式神達。心の中で、宝の持ち腐れだと嘲笑っているのが見え見えだった。さっきの反応を見ても、猫又が行方不明になっている間はそれをネタに藤倉のことを笑い者にしていたのが分かる。
それでも、心に湧き上がる嫌悪感とは裏腹に、和史は同じ机を囲む同業者達へ向かい、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて話題を投げかける。
「そうなんですよ。式神も増えたことだし、折角なので祓いの仕事ももっと請け負っていきたいと思っているところなんですが、何か回していただけそうな案件ってお持ちじゃないですかねぇ?」
「それは式神を使うような依頼ってことですか?」
「ええ、みなさんご存知の通り、恥ずかしながら長いことそちらの仕事からは離れておりましてね。いろいろ宣伝を打ったりはしてるんですが、これがなかなか……」
嫌な思いをするのは前もって分かっていたのに、今日この場に顔を出した理由はただ一つしかない。依頼の斡旋を乞うためならば、嘘くさい笑顔くらいはいくらでも貼り付けてやろう。鍛え上げたコミュニケーション力はこの場で発揮しなくてどうする。この先も祓い屋として生き残っていくためには無駄なプライドなんて持っていてもしょうがない。
同じ空間に居る祓い屋達の顔を伺うように見回してみる。気まずい表情で視線を逸らす者がほとんどで、あれだけ詮索してくる割にはどの家門もそこまで親身にはなってくれなさそうだというのが改めて良く分かった。下手したら、妖狐の件で灰崎と一緒になって嫌がらせをしていた者がこの中に紛れ込んでいたとしても不思議じゃない。
結局、この会合で得られたのは、同業者の中に頼れる者などいないという確証だけだった。
期待外れだったと心の中で呆れ笑いをしつつ、和史は周囲の会話に耳を傾けることの集中する。祓いの場からは随分と離れていたせいで、他の家門の知識は無いに等しい。情報収集は猫又に任せきりだったが、少しくらいは役に立つ話を仕入れて帰れたら、と。高い会費の元は少しでも取らないと、ミヤビにまた叱られてしまう。
会も終盤に近付き、ほどよく酒が回った老人の一人が、そうそうと思い出したように両手を打った。
「都市開発とやらで、また一つ墓地が移転させられることになりそうですなぁ。栗田さんのところなら、その辺りのことを何か聞いておられるんじゃないですかな?」
急に話を振られた向かいの男はあまりアルコールに強くはないのか、目元を赤らめた顔で「いえいえ、うちは何も……」と片手を振ってしらばっくれていたが、この場にいる誰もがそれは嘘だと分かるほどに挙動不審な動きだった。苦労知らずで育った男は嘘が下手だ。間違いなく行政からは関連する依頼を請け負う予定があるのだろう。景気の良いことだ。
「しかし毎度のことですが、墓を触れば騒ぐものも出てきますから、我々のところにも多少の恩恵はあると良いですなぁ」
渡瀬が下卑た笑い顔で自分のお猪口に手酌しながら言うと、周りの祓い屋達も口元に薄笑いを浮かべている。怨霊の類いが暴れて儲かるのは坊主と祓い屋だけだろう。
「そうそう、怨霊と言えば――」
誰かが急に思い出したように自分の武勇伝を口にすると、そこからは延々と老人達の昔語りが始まった。遥か昔のことで、どこまでが本当でどこまで盛られたかすら分からない話に、下座の若手は苦笑いしながら相槌を打つしかない。ある種の苦行だ。