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第55話

 「最近ね、本堂とか裏の墓地とかで夜中に物音がすることが続いててさ。朝起きてお母さん達が確認しに行ったら、棚とか仏具とかが床に倒れてたりしてたんだよね。もしかしたらタヌキか何か野生動物が屋根裏に住み着いてて、夜に降りてきて暴れてるんじゃないかって」


 野生動物と聞いて、どこかで聞いたような話だなと莉緒は心の中で思ったが、黙って頷くだけに留める。お寺の本堂は素人目にもかなり古い建物だと分かるくらいだし、敷地は山に面しているから動物が忍び込んでいる可能性は確かに高そうだ。


「じゃあ、猫はタヌキが来てるのを教えてくれてたのかなぁ?」


 美羽が感心したように言うと、詩織は首を傾げてみせる。


「それがさ、昨日の夕方に帰ったら、墓地の方で檀家さん達が集まってて、パトカーも一台来てたんだよね……」

「え、事件⁉」

「んー……事件かどうかまでは、まだ分かんない。墓石がいくつか倒れて割れてたみたいなんだけど。さすがにそれはタヌキには無理でしょ」

「確かに、野生のゴリラとかでも無いと無理だねー」


 昼過ぎに墓参りに訪れた檀家さんが発見したらしく、それがいつ倒れたのかまでははっきりしない。詩織の母親もそこまで目は届かないし、発見者に言われて初めて墓地の方へ確認しに行ったのだという。墓地はいつでもお参りできるように、本堂や自宅とは別の出入り口が設けられているから、誰がどのタイミングで来たかなんて分からない。それに、石で出来た重い墓が強風で倒れることが無いとは言えないけれど、それはよっぽどだし、ここ最近は穏やかな天気が続いている。誰かの悪戯の可能性があると疑って、警察へと通報されたみたいだった。


「何かちょっと、この頃そういうのが多くって落ち着かないんだよね。やっぱり昨日の夜もミー太がよく鳴いてたし」


 クマの出てた疲れた目で、詩織がハァと大きく溜め息を吐いていた。本当に食欲が湧かないらしく、ほとんど口をつけていないお弁当の蓋を閉じた。


「今、お父さんがいないでしょ。もしかしたら、このタイミングで他のお寺さんが嫌がらせに来てるんじゃないかって、お兄ちゃんが言うんだよね。でも、私は何か違う気がしてさ……」


 宗教離れや墓終いなど、檀家の数が減ってしまった他の寺院からの嫌がらせかもと、詩織の家族はビクビクと怯えながら、父が不在の家で過ごしているらしい。人の悪意は際限ない。次は何をされるかも分からない。


「何か違うって、どういう意味で?」


 兄や母親とは全く別の事が原因だと詩織は考えているみたいなのが気になって、莉緒が聞き直す。もしかしたら、こないだ訪れた時に莉緒が気付いた何かの気配のことを、詩織も感じているのかもしれない。もちろん、今回の騒動の原因がそれだとは限らないんだけれど。

 詩織は気持ちを落ち着けるように、水筒のお茶をゴクゴクと一気に飲んでから言った。


「多分だけど、うちの本堂に何かいる気がするんだ」

「あ、やっぱり気付いてた?」


 詩織の言葉に、莉緒は即答するように頷き返す。すると、先に自分で言ったくせに、詩織が驚いた声を出した。


「ハァ⁉ やっぱりって……ええっ、莉緒がやっぱりって言うことは、やっぱり何か居るんじゃん……ええーっ」

「落ち着いて。私もあれが何かはまだ分かってないから」

「でも、居るんだよね……?」

「うん、居るね」


 詩織も美羽も、莉緒の家が祓い屋だということは承知の上だから、莉緒が冗談や嘘を言っているとは思ってない。式神の存在は二人には視えないから詳しい話はしたことはないけれど、商店街のいたるところで和史作のチラシも貼ってあるし、クラスメイトの大半も藤倉の稼業については知っているはずだ。

 ただ、これまでは人ならざるものについて、二人とは深く話したことはなかった。視えない存在のことを正確に理解してもらうのは難しいし、知らないなら知らないままでいる方が心の安寧を保てることも多いから。


 最初に本堂から物音がした時に、詩織はすぐには確認しに行こうとはしなかった。それは何かが居ると分かっていたから、あえて気にしてないフリをして避けたのだろう。でもさすがに二度目の音は大きかったから、見に行かざるをえなかったんだろうけれど。


「そうなんだ。お父さんが居ない時に限って……」

「もしかして、おじさんはそういうの視えるの?」

「んー、はっきりしないけど、何か感じるって言ってる。大抵はお経を詠んでたらどっかに行ってしまうって。私も何となくだけど。あ、でも、お兄ちゃんとお母さんは全然みたい。お母さんもお寺の娘だったんだけどね」


 ミヤビが言っていた、住職は結構な法力の持ち主というのは本当の事らしい。それを詩織も少しは引き継いでいると聞いて、莉緒はちょっと嬉しくなった。自分と近い能力を友達も持っているというのは、何だか心強く思えた。

 その後、父親である住職の入院はもう少し長引きそうだと説明しながら、詩織は莉緒の方に顔を向けて、遠慮がちに聞いてくる。


「こういうのって、祓い屋さんに依頼したら受けて貰えるかな?」


 それを聞いて、莉緒はにこりと笑ってみせながら詩織へと提案する。困っている友人を放っておけるわけがない。普段は元気が有り余っている詩織のそんな気弱な顔はあまり見たくはない。


「ねえ、次の週末に詩織の家へ泊まりに行っていい? 出来たら本堂がいいんだけど」

「それは、お友達価格で依頼を受けて貰えるってこと?」

「もちろん。ダブチーのセット、ドリンクはLサイズで!」


 「契約成立!」と嬉しそうな笑顔を見せて、詩織は閉じたはずのお弁当の蓋を開け直し、お箸を手に取っていた。

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