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1-7. 恵みの森の果実



 しばらくして、ドラコさんが食事を運んできてくれた。食事と言っても、調理されたものではなく、数種類の果物だ。

 昨日も枕元に果物を用意してくれていたが、あまり食欲がなくて、食べられなかった。今日は、気を利かせて、また違う種類の果物も持ってきてくれたようだ。


「まぁ、ありがとう! どれもすごく新鮮な果物よね。この森で採れるの?」


 ドラコさんが持っている果実は、種類も豊富で、どれも新鮮だ。

 大きな街の市場には沢山の食材が流通しているというが、これほど新鮮なものは手に入らないのではないだろうか。


「この森は『魔の森』と呼ばれていますけど、実際は豊かな実りに恵まれた『恵みの森』なのです。精霊や妖精がたくさん住んでいますから、人間たちにしてみれば『魔のはびこる森』なんでしょうね」


 ドラコさんはひとつひとつ説明しながら、果物を並べていく。

 美しい果実が宝石のように並べられていく様を見て、私は痛みも忘れて身を乗り出した。


「今日は色々持ってきたですよ。まずは、ベリー類です。お馴染みのファブロベリー、雪国で採れるノエルベリー、それから塩湖で栽培されるソルティベリー。あとはベルメールバナナに、ベルメールマンゴー。本来、帝国南部の温暖な地域でしか採れない果実です。それと、こっちは……」

「わぁぁ……!」


 次々と並べられていく果実たちを見て、私は思わず歓声を上げた。


 しかし、不思議なのは種類の豊富さだ。採れる地域も、季節もバラバラだ。


「どうしてこんなに色んな種類が?」

「すべてこの森に実るです。この森には精霊がいますし、特別な樹があるので、魔力が満ちているです」

「へぇぇ、すごい……!」


 この宝の山が本当に全部この森で採れるのだとしたら、この森はまさに聖地、聖域だ。書物でしかお目にかかったことのない果実もある。


 早く触りたい、味わいたい、レシピを考えて調理したい……!


 うずうず、そわそわしながら、ベッドの上で果実をひとつひとつ、じっくり眺める。

 赤、黄色、オレンジ、紫に緑。どれも瑞々しく張り、艶めいて、力強く実っている。絶景だ。


「こんなに色々な果物があったら、スイーツがたくさん作れそう。フルーツタルトにトライフル。ジュレやソルベもさっぱりするわね」


 両頬に手を当てて、想像する。

 転生前に見た、宝石箱のようなケーキ屋さんのショーケース。ビュッフェのテーブルに並ぶ、色とりどりの美味しい芸術品たち。


「変わり種でフルーツ大福とか。スムージーもいいし、贅沢にフルーツティーなんかも――」

「……レティシア?」


 ああ、三段になっている銀のスタンド、スリーティアーズに載っているような、貴族たちがアフタヌーンティーの時間につまむお菓子も魅力的だ。

 スコーンに添えたり、クッキーの真ん中に入れるジャムも作れる。


「そうね、コンポートやジャム、ドライフルーツを仕込んだら更にバリエーションが広がるわね! 保存も効くし、焼き菓子を作るならドライフルーツの方が――」

「もしもーし、レティシアさん?」


 それに、これだけ新鮮で種類豊富なら、加工せずそのまま味わっても、飽きないだろう。

 素材の良さを生かして加工するとしたら……、


「ああ、シンプルだけど凍らせるのも美味しそう。小さく切って凍らせて、アイスに混ぜたら――」

「このちんちくりんっっ!!」


「――はっ!」


 ドラコさんが大声で叫び、私ははっとした。耳がきーんとする。


「ご、ごめんね、ドラコさん。つい……」


 しまった、悪い癖が出てしまった。

 食材を前にすると、ついつい夢中になってしまうのは、前世からの悪癖だ。


「はぁ、やっと止まったですー! レティシアは本当に料理が好きなんですね」

「うん。美味しいものを食べると、人は笑顔になるの。トゲトゲが抜けて、心に余裕が出来て、喧嘩しててもどうでも良くなったりするの」

「そういうものですか?」

「そういうものよ。食事はね、私とお母さんの唯一の楽しみだったんだ。お母さんは料理がすごく上手で、村で食堂を開いて……」


 私はその先のことを思い出して、口を噤んだ。

 ファブロ村で食堂を経営していた母は、昨年の干ばつの後に行方を眩ませて以来、村に戻ってくることはなかった。

 ……思えば、それも私のせいだろう。仕方がなかったとはいえ、私が魔法を使ったことを知られてしまったから。だからきっと、肩身が狭くなって、村にいられなくなったのだ。

 でも――それなら、私も一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。


「……レティシア?」


 ドラコさんが心配そうに覗き込む。私は、慌てて首を横に振って、微笑んだ。


「……ううん、なんでもない。とにかく、私もお母さんみたいに美味しい料理を振る舞って、誰かを笑顔にしたいんだ」

「人間は、料理を食べると笑顔になる……レティシアは、料理で誰かを笑顔にしたい、です?」

「うん」


 私は、頷いた。

 転生前も、転生後も、私は一貫して料理が好きだ。

 私が作る料理で誰かが幸せな気持ちになってくれるなら、それ以上に嬉しいことはない。


「だったら、レティシアにひとつお願いがあるです」

「ん? お願い?」

「アデルを――笑顔にしてあげてほしいです」


 真剣な声色で告げるドラコさんの言葉に、私はごくりと喉を鳴らした。


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