しばらくして、ドラコさんが食事を運んできてくれた。食事と言っても、調理されたものではなく、数種類の果物だ。
昨日も枕元に果物を用意してくれていたが、あまり食欲がなくて、食べられなかった。今日は、気を利かせて、また違う種類の果物も持ってきてくれたようだ。
「まぁ、ありがとう! どれもすごく新鮮な果物よね。この森で採れるの?」
ドラコさんが持っている果実は、種類も豊富で、どれも新鮮だ。
大きな街の市場には沢山の食材が流通しているというが、これほど新鮮なものは手に入らないのではないだろうか。
「この森は『魔の森』と呼ばれていますけど、実際は豊かな実りに恵まれた『恵みの森』なのです。精霊や妖精がたくさん住んでいますから、人間たちにしてみれば『魔のはびこる森』なんでしょうね」
ドラコさんはひとつひとつ説明しながら、果物を並べていく。
美しい果実が宝石のように並べられていく様を見て、私は痛みも忘れて身を乗り出した。
「今日は色々持ってきたですよ。まずは、ベリー類です。お馴染みのファブロベリー、雪国で採れるノエルベリー、それから塩湖で栽培されるソルティベリー。あとはベルメールバナナに、ベルメールマンゴー。本来、帝国南部の温暖な地域でしか採れない果実です。それと、こっちは……」
「わぁぁ……!」
次々と並べられていく果実たちを見て、私は思わず歓声を上げた。
しかし、不思議なのは種類の豊富さだ。採れる地域も、季節もバラバラだ。
「どうしてこんなに色んな種類が?」
「すべてこの森に実るです。この森には精霊がいますし、特別な樹があるので、魔力が満ちているです」
「へぇぇ、すごい……!」
この宝の山が本当に全部この森で採れるのだとしたら、この森はまさに聖地、聖域だ。書物でしかお目にかかったことのない果実もある。
早く触りたい、味わいたい、レシピを考えて調理したい……!
うずうず、そわそわしながら、ベッドの上で果実をひとつひとつ、じっくり眺める。
赤、黄色、オレンジ、紫に緑。どれも瑞々しく張り、艶めいて、力強く実っている。絶景だ。
「こんなに色々な果物があったら、スイーツがたくさん作れそう。フルーツタルトにトライフル。ジュレやソルベもさっぱりするわね」
両頬に手を当てて、想像する。
転生前に見た、宝石箱のようなケーキ屋さんのショーケース。ビュッフェのテーブルに並ぶ、色とりどりの美味しい芸術品たち。
「変わり種でフルーツ大福とか。スムージーもいいし、贅沢にフルーツティーなんかも――」
「……レティシア?」
ああ、三段になっている銀のスタンド、スリーティアーズに載っているような、貴族たちがアフタヌーンティーの時間につまむお菓子も魅力的だ。
スコーンに添えたり、クッキーの真ん中に入れるジャムも作れる。
「そうね、コンポートやジャム、ドライフルーツを仕込んだら更にバリエーションが広がるわね! 保存も効くし、焼き菓子を作るならドライフルーツの方が――」
「もしもーし、レティシアさん?」
それに、これだけ新鮮で種類豊富なら、加工せずそのまま味わっても、飽きないだろう。
素材の良さを生かして加工するとしたら……、
「ああ、シンプルだけど凍らせるのも美味しそう。小さく切って凍らせて、アイスに混ぜたら――」
「このちんちくりんっっ!!」
「――はっ!」
ドラコさんが大声で叫び、私ははっとした。耳がきーんとする。
「ご、ごめんね、ドラコさん。つい……」
しまった、悪い癖が出てしまった。
食材を前にすると、ついつい夢中になってしまうのは、前世からの悪癖だ。
「はぁ、やっと止まったですー! レティシアは本当に料理が好きなんですね」
「うん。美味しいものを食べると、人は笑顔になるの。トゲトゲが抜けて、心に余裕が出来て、喧嘩しててもどうでも良くなったりするの」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。食事はね、私とお母さんの唯一の楽しみだったんだ。お母さんは料理がすごく上手で、村で食堂を開いて……」
私はその先のことを思い出して、口を噤んだ。
ファブロ村で食堂を経営していた母は、昨年の干ばつの後に行方を眩ませて以来、村に戻ってくることはなかった。
……思えば、それも私のせいだろう。仕方がなかったとはいえ、私が魔法を使ったことを知られてしまったから。だからきっと、肩身が狭くなって、村にいられなくなったのだ。
でも――それなら、私も一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。
「……レティシア?」
ドラコさんが心配そうに覗き込む。私は、慌てて首を横に振って、微笑んだ。
「……ううん、なんでもない。とにかく、私もお母さんみたいに美味しい料理を振る舞って、誰かを笑顔にしたいんだ」
「人間は、料理を食べると笑顔になる……レティシアは、料理で誰かを笑顔にしたい、です?」
「うん」
私は、頷いた。
転生前も、転生後も、私は一貫して料理が好きだ。
私が作る料理で誰かが幸せな気持ちになってくれるなら、それ以上に嬉しいことはない。
「だったら、レティシアにひとつお願いがあるです」
「ん? お願い?」
「アデルを――笑顔にしてあげてほしいです」
真剣な声色で告げるドラコさんの言葉に、私はごくりと喉を鳴らした。