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2-3. 水道とコンロ



 今回作るのは、アデルさんへのお礼となる料理だ。一体、どんなものが良いだろうか。

 食糧庫に保管してある野菜たちを眺めながら、私は考えを巡らせてゆく。


 ――美味しいものを食べれば、元気になる。笑顔になる。


 私にできることは、料理ぐらいしかないけれど、ほんの少しでもアデルさんの心を融かすことができたらと思う。


「よし、メニューを決めたわ。ドラコ、手伝ってくれる?」

「はい! もちろんです!」

「じゃあ、まず材料の準備から。必要なのは――」


 私は頭の中に思い描いた材料を全てドラコに伝え、揃えてもらう。


 食料庫には見たこともない野菜や果物が揃っていて、とても興味をそそられる。しかし、初めて扱う食材や難しい料理を選択するのではなく、今回は作り慣れた料理――今世での、うちの『家庭の味』を用意することにした。

 何よりも、アデルさん自身が、家庭的な料理それを望んでいるだろうという直感があったから。


「これで揃ったです! 次はどうするですか?」

「ありがとう。食材をキッチンに運んだら、次は設備の確認ね」


 ドラコと協力して食材を運び、ひとまず、キッチンと繋がっているダイニングのテーブルに置いた。

 キッチンへ戻ると、設備をひとつひとつ確認していく。


「まず、水回りは……まあ、これって」


 水回りをまじまじと観察した私は、非常に驚くこととなった。


 このキッチンに備わっているそれは、転生前の世界で一般的だった水道設備とそっくりだったのだ。すなわち、蛇口をひねれば水が出て、下の方へ流れていくようになっている。


 この世界でも、大きな街の貴族街になら似たようなインフラがあるらしいが、まさか森の奥の一軒家にこんな設備が整っているとは思わなかった。


「ドラコ、この水道って、どういう仕組みなの?」


 私は蛇口をひねりながらドラコに尋ねる。出てきた水は、冷たくて透き通って、綺麗なものだった。


「えっとですね、家の外に、水を貯めておくタンクがあって、そこから水が出てくるです。下から流れていった水は、タンクの水と混ざらないようになってるのです」

「なるほど、簡易的な上下水道の設備ができているのね……そういえば、お手洗いも水洗だったっけ」


 貴族街のように大規模な上下水道が引かれているわけではないだろうが、この世界においてはかなり高度な機構だ。


「タンクには、地下水脈から水を引いているです。ドワーフたちが造ってくれた設備で、どういう仕組みになってるのか説明もしてもらったですけど、ドラコには難しすぎてよくわからなかったのです……」

「そうなんだね。綺麗な水だわ……フィルターを通して浄水してくれているのかしら?」

「ふぃる……? うーん、何だかそんな話をしてたような、してないような……むむむ」


 転生前の知識を持っていなかったら、インフラが整っていない田舎で育った私は、そもそもこれが水道設備だと気づかなかったことだろう。ドワーフたちの技術レベルは、相当高いようだ。


「普通に井戸水を使ってたファブロ村より、圧倒的に高い技術力だわ。ドワーフさんって、すごいのね」

「人間の村には、この水道はないんですか?」

「うん。大きい街に住む、偉い人たちしか使えないような設備よ」

「ほええ、そうだったですか……! ドワーフはすごいんですね。それに、レティは物知りなのです」


 ドラコは腕を組んで、しきりに頷いている。それを横目に、私は、置いてあった石けんを使い、手を綺麗に洗った。水が冷たくて気持ちいい。

 タオルで手を拭いてから、置いてあった手鍋を一つ手に取り、水を張る。そして、それをコンロ台の上に置いた。


「ねえ、ドラコ。これはどうやって火を点けるの?」


 見れば見るほど、不思議なコンロ台だ。


 通常この辺りで利用されているキッチンストーブと同様に、鍋やフライパンを置けるようになってはいる。

 だが、その下にあるはずの、燃料を入れる扉が存在していない。金属製のテーブルのような、脚があって下部は空洞になっている台が置かれているのだ。

 当然、オーブンも付属していない。


 鍋を置く場所も、村にあったキッチンストーブとは異なり、平らではない。鍋がずれないように、かぎ爪のような固定具が置かれている。

 転生前の世界で言うと、IHヒーターではなく、五徳の付いたガスコンロに似た形状だ。


 だが、日本のガスコンロと致命的に異なっているのが、点火するためのスイッチも、火力を調整するつまみもないところである。

 それに、こんな森の奥には、当然、電気もガスも通っていないはずだ。部屋の明かりだって、ランプを使っているぐらいなのだから。


「うーん、ごめんなさい。いつもアデルが料理をして、ドラコがお片付けをしているです。だから、ドラコは水の使い方は知ってるですけど、火の使い方はわからないです」

「そっか……そういえば、アデルバートさんは、火を自在に扱えるのよね?」

「はい。もしかしたら、魔法で直接鍋をあたためているのかもしれないですね」


 水を用意するのに水源を不要とする私と同様、火の魔法を自在に扱えるアデルさんには、燃料は不要なのだろう。

 おそらく、コンロに鍋を置き、下から火の魔法を出して、加熱しているのだ。となると、彼が戻ってくるまで、このコンロは使えないことになる。


「うーん……あっ!」


 私が頭を悩ませていると、ドラコと目が合う。突然良い方法を思いつき、満面の笑みを浮かべて質問をした。


「そうだわ、ドラコ! ひとつ聞きたいんだけど、確か、ドラゴンって炎のブレスを吐くのよね?」

「はい。ドラゴンのブレスは鉄をも溶かす、超強力な炎なのです!」


 ドラコは得意気に胸を張った。しかし、今回は鉄を溶かされては困る。


「えっと、ブレスの火力を強くしたり弱くしたりすることって、できたりする?」

「まあ、多少の手加減はできなくもないです。でも、ドラゴンはスライムを狩るのにも全力を尽く――」

「それにそれに! ドラコのサイズなら、このコンロのテーブルの下に入るのもできるわよね?」

「……妖精体なら余裕ですけど……」


 うきうきと問いかける私に、ドラコは怪訝そうな顔をした。私もだんだん、ドラコの表情がわかるようになってきた気がする。


「って、もしかして……?」

「うん、その、もしかしてだよ!」

「無理無理無理! うっかり鍋に穴空けちゃったらどうするですか!」

「ちぇっ」


 というわけで、ドラコにコンロ台の下にあるスペースに入ってもらい、炎のブレスを使って鍋を温めるという無謀な計画はナシになった。


 冗談はさておき。

 客室に暖炉が置かれていたことを思い出した私は、そこに鍋を置いて調理することにしたのである。


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