こうして、客室にある暖炉の火を使って調理をすることが決まった。
鍋やボウル、包丁とまな板、食材など、必要な物をキッチンから客室へと運んでいく。
キッチンは一階、私が借りている客室は二階にあるので、階段を上ったり降りたり……怪我で体力が落ちている私にはかなり重労働だ。
二往復ほどしたところで、ぜえはあと息を切らしていると、ドラコが心配そうに私の背をさすってくれる。
「ねえ、レティ。素直にアデルが帰ってくるのを待って、キッチンで調理したらどうです?」
「そうしたいところなんだけど、今回は、煮込み料理を作りたいのよね」
「煮込み料理?」
「うん」
私が落ち着いたのを見て、ドラコは背中をさするのをやめた。
「煮込み料理だと、どうしてアデルを待ってたらダメなんですか?」
「味を染みこませるために、材料を煮込んだ後、冷まさなくちゃいけないの。だから、早めに準備したいんだ」
「なるほど」
私が考えている料理は、出来たてよりも、何時間か置いた方が美味しくなるのだ。それを伝えると、ドラコは納得したようだった。
「ドラコも、アデルバートさんに喜んでもらいたいでしょ? 二人で美味しい料理を作って、びっくりさせちゃおうよ!」
「ふむむ、レティの気持ちもわかったです。でも、あとの荷物運びはドラコに任せて、レティは座ってできることを進めてて下さい」
ドラコは「にしし、ドラコは力持ちなのです」と笑って、自分の胸をポンと叩いた。
「それに、レティの体調が悪くなったら、アデルは心配するです。それだとモコモコもないです」
「モコモコ?」
少し考えて、ドラコは、「元も子もない」と言いたかったのだろうと思い当たる。しかしその時にはドラコはもうキッチンに向かってぱたぱたと飛んでいってしまった後だった。
私はふふ、と笑いをこぼし、腕まくりをして調理に取り掛かった。
*
さて、気を取り直して。
最初にドラコがセットしてくれていた、暖炉に鍋を固定するための三脚のような器具に、水を張った鍋を乗せて湯を沸かす。
湯が沸くまでの間に手に取ったのは、トマトだ。恵みの森の野菜はいずれも高品質である。このトマトたちも、赤くつやつやとしたルビーレッドが美しい。
ナイフの先端を使ってヘタをくり抜き、切れ目を十文字に浅く入れていく。お湯が沸いたら、そのトマトたちを鍋に放り込む。
すぐに皮がめくれてくるので、冷水のボウルに取って湯むきする。こうすると簡単に、綺麗に皮がむけるのだ。
皮をむいたトマトは、大きめに切っておく。
続いて、ニンニクと玉ねぎ。ニンニクは根元を切り落としたら薄皮をむき、半分に切って芯を取る。
玉ねぎも、頭を切り落として皮をむき、根元の部分も取り除く。
どちらも適量をみじん切りにする。
みじん切りしたニンニクは、オリーブオイルを入れたフライパンに投入。焦げないように、じっくりと加熱する。弱火で加熱する必要があるので、固定具は使わず、暖炉の火から少し遠ざけてフライパンを持った。
ニンニクを熱し、香りが出てきたら玉ねぎを投入する。辛抱強く弱火で炒めていく。焦がさないようにじっくり炒めることで、甘みが出てくるのだ。
ある程度炒まったところで、トマトと塩こしょう、数種類のハーブを加えて煮る。
ここまで来たら、固定具を使って、暖炉の上に鍋をセットできる。ドラコにも手伝ってもらったが、ずっとフライパンを高い位置で持っているのはなかなか疲れる作業だった。
トマトが柔らかくなって来たら、ヘラで潰していく。ドラコにすりおろしてもらったりんごを少量加えて、火から下ろす。
これで、ベースとなるトマトソースの完成である。
続いて、このトマトソースを使って煮込んでいく材料を準備する。
使うのは、先程みじん切りに使った残りの玉ねぎと、パプリカ、ズッキーニ、茄子だ。
パプリカは串に刺して皮を焼き、剥いてから使う。ズッキーニは塩もみしてえぐみを抜いておく。それから、ズッキーニと茄子は、皮を縞模様に剥いて切っていく。
スナップエンドウやベビーコーンを入れても美味しいのだが、今回は入れないことにした。
オリーブオイルを熱したフライパンで、火の通りにくい具材から順に炒めていき、全てに油が回ったら先程のトマトソースに入れて、しばらく煮込む。
味を
*
ドラコにもたくさん手伝って貰って、暖炉での調理はうまくいった。
この後作る料理は煮込む必要がないので、アデルさんが戻ってきてから、キッチンで調理しても大丈夫だ。
私たちはアデルさんが戻ってくるのを、ラタトゥイユを煮込みながら待つことに。
材料が煮えるのを待っている間に、今朝のシロップなしかき氷を出してあげたら、ドラコは大喜びで勢いよく食べた。
「頭がキーンとするですぅ!?」
ぱくぱくと喜んで氷を食べていたドラコは、突如スプーンを落として、両手で頭を抱え悶える。
一気に食べ過ぎてキーンとなるのも、かき氷の醍醐味だ。
「ふふ、焦って食べるから」
悶えているドラコを横目に、私はソファーに座って休みながら、別の料理の下ごしらえを始めることにした。
*
もう一品は、今日の主食となる芋料理だ。
材料はじゃがいも、油、塩こしょう、というシンプルなものだが、かわりに調理法に手をかけ、食感にこだわった一品である。
まずはじゃがいもの皮をむく。
アデルさんとドラコがどのぐらいの量を食べるかわからないので、ドラコにも手伝ってもらって、多めにむいていく。
芽は毒なので、しっかり取る。さすがに今回はないようだが、緑色になっている芋は毒素が出ているので、使ってはいけない。
皮をむいて芽をとった後――ここからが大変だ。
大量の芋を、千切りにしていく。細長ければ細長いほど良い。スライサーがあれば良いのだが、残念ながらこの家には置いていなかった。
ドラコに皮をむいてもらった芋を、そこそこの時間をかけてどうにか千切りし終える。
千切りにした芋は、水にさらしたくなるところだが、今回の調理法では水にさらしてはいけない。デンプン質が流れて、まとまりが悪くなってしまうからだ。
水にさらさず、塩こしょうを全体にまぶしたら、芋がちぎれないように気をつけながら揉み込む。そうすると、余分な水気が出てくるので、それを絞っておく。
仕上げの工程は、アデルさんが帰ってきてからになるので、後片付けだ。というか、ラタトゥイユが完成した時点で、実はもうここで調理する必要はなかったのである。
じゃがいもの山と、煮込み終わったラタトゥイユ、調理器具などをキッチンに運び込んでいく。
「ドラコ、重くない?」
「大丈夫です! ドラコはこう見えて、実はドラゴンなんです」
「ふふ、そうだったね」
ドラコは片付けの時も大活躍してくれて、私は何度もお礼を言ったのだった。
*
キッチンに移動し、ある程度の片付けも済ませた後。
余った時間で、様々な果物を綺麗にカットして、氷で皿ごと冷やしておく。
野菜サラダも用意しようと思っていたのだが、それはドラコが担当してくれた。レタスを豪快にちぎって、ミニトマトとスライスしたきゅうりを乗せた、シンプルなグリーンサラダだ。
ドレッシングは、人参と林檎をすりおろし、塩と酢で味を
それにしても、ドラコがナイフを上手に使っていたのには驚いた。意外と手先は器用らしい。
傷の手当ても、そういえば丁寧なものだったなと思い出す――ただし、友達になる前、怒りながらおざなりに手当てしたときを除いて、だが。
そうして過ごしていると、あっという間に、アデルさんが森から帰ってくる時間になったのだった。