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2-6. 実食タイム



「わぁ、いい匂いですー!」


 じゃがいものガレットを全て焼き終わったところで、ドラコがキッチンに戻ってきた。


 二品ともフライパンを振ったり、たくさん動くことなく作れる料理だったので、何とか作り上げることが出来た。だが、私一人だったら到底完成させることは出来なかっただろう。


「お二人が手伝ってくれたおかげで、無事に完成させることができました。お二人とも、ありがとうございます」

「にしし、どういたしましてですー」

「いや、俺は何も……」


 素直に返事をするドラコに対して、アデルさんは謙遜しているのか、首を横に振った。

 そんなことはない、と私が口を開くより前に、ドラコがアデルさんの目の前で、腰に手を当て、不満げに胸を反らす。


「もう、アデルったら、忘れちゃったですか? ドラコは『ありがとう』って言われたら『どういたしまして』って返すのが礼儀だ、って教わったですよ」

「……は、そうだったな。――どういたしまして」


 ドラコの言葉に、アデルさんは小さく息をこぼし、改めて私に向き合ってそう告げた。私は嬉しくて、また笑う。まっすぐに私を見つめていたアデルさんは、耳を赤くしてふっと目を逸らした。


「さ、どうぞ座って。お料理が冷めないうちに」


 私は二人を促して、皿を持ってダイニングへ移動する。アデルさんが席に着くと、ドラコは彼の席の横に置かれた、背の高い椅子にちょこんと座った。

 私は、アデルさんの正面に座ればいいようだ。


「旨そうだな」

「大したものができなくて、お恥ずかしいんですけど」

「いや、そんなことはない。普段はこんなに手の込んだ料理を作らないからな。――誰かに料理を作ってもらうなんて、本当に久しぶりだ」


 アデルさんはテーブルに目を向けながら、優しい声色で、感心したように言った。もう、最初の頃に抱いた冷たい印象は、全くない。


「――ありがとう、レティシア」


 アデルさんと、目が合う。深紅の瞳は、澄み切った美しい光をたたえている。

 最初に見た時は血のような瞳と思ったけれど、今は、そうは感じない。

 白雪の中にも気高く咲く、季節外れの一輪の薔薇のようだ。


「どういたしまして、アデルバートさん」


 私はくすりと笑って、微笑んだ。ドラコが横で満足そうに、うんうん、と頷いている。


「では、ガレットを切ってお取りしますね」


 私は椅子から立ち上がって、ナイフでじゃがいものガレットを八等分にカットしていく。中はふんわり、外側はカリッと、上手いこと焼けているようだ。


「わぁ! 美味しそうなのですー!」

「ふふ、いっぱい食べてね。アデルバートさん、ドラコも、すごくたくさん手伝ってくれたんですよ。サラダはドラコが用意してくれました」

「そうか。ドラコ、偉かったな」


 アデルさんにねぎらいの言葉をかけられたドラコは、「にししー!」と嬉しそうに笑っている。


「レティシア、君もまだ傷が治りきっていないのに、大変だっただろう」

「いいえ、お薬がよく効いたみたいで、かなり良くなりましたから。それに、作っている時は夢中で、あんまり気になりませんでした」


 話をしながら、アデルさんとドラコ、そして自分の皿にも、ガレットを取り分けていく。ドラコは待ちきれないとばかりにそわそわしていて、皿の上にガレットが乗せられると、嬉しそうに目を輝かせた。


「さあ、どうぞ」

「ああ」

「ドラコ、もうお腹ペコペコなのですー!」


 アデルさんは、恵みの森の野菜がたっぷり入ったラタトゥイユに、スプーンを沈める。

 赤橙色に艶めく野菜たちが、形良い唇に近付いていくのを見て、私の心臓がどきどきと音を立て始めた。

 人に料理を振る舞う時、最初のこの一瞬は、何回経験しても緊張するものだ。


「……旨い」


 アデルは目を見開いて、嘆息した。


「……! 良かった……!」


 私はほっとして、笑顔と共に吐息をこぼす。

 アデルさんは、柔らかく目を細めて、もう一度ラタトゥイユを掬った。


「これ! カリカリして、とっても美味しいです!」


 ドラコは、上手にナイフとフォークを使って、じゃがいものガレットを食べている。先程も思ったのだが、やはりドラコは手先が器用みたいだ。

 アデルさんもガレットを上品に切り分けて、口に運ぶ。


「こちらも旨いな」

「お口に合いましたか?」

「ああ、とても美味しいよ。何と言ったらいいか……すごく優しくて、ほっとするような味だ」


 アデルさんは、一口一口、ゆっくりと味わって食べている。

 ドラコは逆に、大きな口で、ぱくぱくとあっという間に平らげていく。


 二人とも、食べ方は真逆だが、すごく美味しそうに食べてくれている。それを見ていると、私の心にもじわじわと幸せがこみ上げてきた。


「喜んでもらえて、良かったです」

「最高れふぅ! れふぃは、お料理、ろっれも上手でふね!」

「こらドラコ。口に物を詰め込んだまま喋るんじゃない」

「らっれ、美味ひいんれふもん」

「ふふ」


 ドラコがアデルさんに注意されているのを見て、私は思わず笑いをこぼした。たくさん用意しておいて、良かった。


「ドラコは食いしん坊なのね。そんなドラコに、お料理がさらに美味しくなる食べ方を伝授してあげちゃいます」

「んぐっ、もっと美味しくなるですか!? どうするですか?」

「ラタトゥイユを少し掬って、ガレットに乗せて食べてみて。アデルバートさんも、良かったら」

「ああ」

「こうですか?」


 アデルさんとドラコは、早速私の言った通りにした。

 野菜をこぼさないよう、切り分けたガレットをスプーンで掬って口に運ぶと、二人は、同時に目を輝かせた。


「……これは、いいな」

「美味しいのです! 美味しいのですー!!」

「濃い味付けのトマトソースと、素朴なガレットが組み合わさって、丁度良い具合だ。最初からかけてしまうのではなくて、食べる分だけ上に乗せることで、食感も損なわれない」

「カリカリ、シャキシャキ、ホクホク。この幸せ食感はそのままに、トマトとニンニクでガツンとパンチが効いて、いくらでも食べられるですー!」


 二人は、この組み合わせを気に入ってくれたようだ。

 こういう反応をしてくれると、本当に作り甲斐がある。


「トマトソースとじゃがいもって、とってもよく合うんですよ。単体で食べても美味しいですけど、組み合わせることで、また違った印象になるんですよね」

「組み合わせか……考えたこともなかったな。本当に旨い」

「アデルは、こだわりがなさすぎるのです。いつも、じゃがいもは茹でて塩をかけて食べるぐらいですもんね。トマトはサラダにしちゃうし、ズッキーニや玉ねぎもサッと炒めるだけです」

「栄養さえ取れれば生きていけるからな」


 どうやら、アデルさんは、食事にあまりこだわりを持っていなかったようだ。彼は、少しだけ気まずそうに続ける。


「食事の用意は毎日のことだろう? だから、そこまで手間暇をかける気にならなくてな。それに、たまに変わった物を食べてみたいと思っても、俺にはレシピもアレンジも思いつかなかった」

「そうですよね」


 私は納得して頷く。私のように、料理が好きとか、美味しいものを食べるのが生き甲斐とか、そんなタイプでもない限り、毎日の食事の支度は煩わしいことに違いない。

 それに、この世界にはインターネットもない。レシピを検索することもできないし、特にこの森においては、レシピ本を入手するのも難しいだろう。言わずもがな、外食や出前だってできない。


「にしし、アデルもレティのお料理が気に入ったみたいですよ。もちろん、ドラコもです」

「ふふ、本当に良かった。これで、少しでもご恩返しができたなら嬉しいんですけど」


 私がそう言うと、アデルさんは、目元を優しく細めて、ふっと笑った。



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