アデルさんが温め直してくれた料理を、今度は私も加わってみんなで食べて。
今日一日、どうやって過ごしたとか、どんな料理が好きかとか、他愛ないことを話して。
ドラコがまた口にいっぱい物を詰め込んだまま話をしようとして、アデルさんに怒られて。
アデルさんが食後のお茶を用意してくれている間に、ドラコがフルーツの皿の下に敷いていた氷を食べ、また頭を痛そうに抱えたりして。
笑いの絶えない食卓だった。
ドラコのはしゃぐ姿。アデルさんの見せてくれた、色んな表情。
こうして人と一緒に食卓を囲むのは、私も久しぶりで――すごく満ち足りた気持ちになった。
私は改めて二人にお礼を言おうと、姿勢を正す。
「こうやってみんなで食事をして、話をして、笑いあって……久しぶりに、とっても楽しい時間でした。全部お二人のおかげです。――アデルさん、ドラコ、ありがとうございます」
「レティ、礼を言うのはこちらの方だ。本当にありがとう」
「アデルの言うとおりですよ! ドラコからも、お礼を言うです。ありがとうですー!」
「アデルさん……ドラコ……」
私は、二人のあたたかい言葉に感極まって、涙が出そうになる。
後片付けは、ドラコがやってくれるようだ。
ドラコは、どこからか小さい毛玉のような妖精たちをたくさん連れてきて、食器洗いを手伝わせていた。
ちっちゃな手をにょきっと出し、数匹がかりで一つの食器をゴシゴシしている
「レティ、部屋に戻る前に、少し夜風に当たらないか」
アデルさんにそう誘われて、私は頷いた。
私とアデルさんはダイニングを後にし、廊下を進んで玄関から外に出る。
玄関扉を出たすぐ横には、木のベンチが設えられていた。私たちは、そこにゆったりと腰を下ろす。
疑っていたわけではないが、聞いていた通り、この家はやはり森の中にあるようだ。
四方を背の高い樹々に囲まれている。夜の森は真っ暗でよく見えないが、濃い緑のにおいが辺りに満ちていた。
家の周りは少しだけ開けており、白い月明かりが、隣に座るアデルさんの横顔を
二人きりの、静かな時間が過ぎていく。
アデルさんも、私も、何も話さない。
けれど、不思議と居心地は悪くなかった。
「……レティ。改めて問うが、君は、俺が怖くはないのか?」
どこか中空を見つめたまま、ふいに、アデルさんが呟く。その紅い瞳は、どこか不安げに揺れていた。
「――アデルさんは、噂で聞いていたよりずっと優しくて繊細な人です。あなたは、どこの誰ともわからない私の命を、救ってくれた。何も聞かずに私をここに置いてくれて、気遣ってくれた。怖いはずがありません」
「……そうか」
アデルさんは、安心したように、ふっと息を吐く。
私は、顔を正面に向けた。夜の森をぼんやりと眺めながら、静かに尋ねる。
「アデルさん……あなたこそ、私が憎くはありませんか?」
「――俺が、君を憎む? 何故だ?」
アデルさんの視線がこちらを向いているのを感じたが、私は正面を向いたまま、答える。
「私が、外から来た異分子だからです」
ひんやりとした風が、肌を冷やしていく。木の枝が風に揺れて、擦れるような音を立てた。
「……私は、アデルさんの一族を破滅に追い込んだ人たちが住む村で、ずっと暮らしてきました。アデルさんと対峙したことのある村人とも、面識があります」
ざわざわと、ひときわ強い風が木々を揺らす。白い月の下で、夜闇がぽっかりと口を開けたまま、嘲けるように蠢いていた。
「――アデルさんは、そんな私が、憎くありませんか?」
「……は」
ほとんど間を空けずに、アデルさんは小さく息を吐き出した。そうして、当たり前だと言うような口調で、私の疑問に答えた。
「憎いわけがないだろう。君は君、奴らは奴らだ。今はそう思っている」
「今は……ですか?」
「ああ。……正直に言うと、最初は、君のことを信用していなかった。君は君という個であるのに、『人間』という大きな括りで見てしまっていたからだ。だが――」
アデルさんは、そこで一度言葉を切る。彼は
「妖精にも色んな種類がいるように、植物の実がひとつひとつ模様も形も異なるように――人間にも、多様な個がある。そう気付かせてくれたのは、他でもない、君だ」
アデルさんは、ゆっくりと腰を折ってその場に片膝立ちになる。そうして、ベンチに座る私と、目を合わせた。
深い闇の中でも、月明かりを映して、紅い瞳は美しく澄んだ輝きを放っている。
「レティ」
彼は優しく目を細めて、私の手を取り、自らの両手で包み込んだ。
あたたかくて、大きくて――とても優しい手。
「君は……不思議な人だ」
「アデルさん……?」
「俺は、人間のことをあまり知らない。だが、おそらく、他の者に比べて不器用な人間なのだろうと思う。他者の気持ちを察するどころか、自分の気持ちをうまく表現する手段も、持ち合わせていない」
アデルさんは、そうして寂しそうに目を伏せた。長い睫毛が、彼の白い頬に影を落とす。
けれど、それも一瞬のことで、彼はすぐに、再び顔を上げた。
「だが、今は一つだけ、確かな望みがここにある。――俺は、君のことをもっと知りたい」
物語の騎士のように
目と目が合った瞬間――ずっとざわめいていた私の心は、驚くほど静かになった。
「俺は、君がここに住むことを迷惑などと思わない。むしろ、逆だ。いつまでだって、気の済むまでここにいてくれて構わない」
彼は先ほど、人の気持ちを察するのが下手だと言ったが――否だ。全く、そんなことはない。
アデルさんは、私が森にいつまでも滞在しているわけにはいかないだろうと内心不安に思っていたことにも、気がついていたに違いない。
「だから、改めて、頼む。レティ、俺は、君と共に過ごしたい。どうか俺に、君の時間を分けてくれないか」
「……!」
私は、息を呑んだ。
彼はおそらく、そういうつもりで言ったのではないのだろうが、それはまるで、愛の告白のようで――。
ただ。
それが新たな友に向けた、深い意味のない言葉であっても――白い月明かりに照らされた美しいかんばせには、真剣な想いが、確かに乗っている。
――私は、ここにいてもいいのだ。
一人で森を出て、不安を抱えながら知らない土地で過ごさなくても、いいのだ。
そうして、目の前で真っ直ぐに私を見つめる不器用な友人に、美味しいご飯を作ってあげたい。もっと、たくさん笑っていてもらいたい。
村から疎まれた、私の存在。
誰からも必要とされなかった私の価値を、目の前にいる彼は、今、見出そうとしてくれている。
私の存在を、望んでくれている。
ここにいてもいいと――ここにいて欲しいんだと、そう言ってくれているのだ。
出会ってからの期間は短いけれど、彼が嘘をつけない人だというのも、わかっている。
もし仮にいつわりだとしても、外の世界に、私の生きる場所はない。これは理にかなった選択でもあるんだ。
けれど、そんな理屈がなくても、私の気持ちは、もうとっくに決まっていた。
迷惑だとか、そんなことをぐるぐると考えたりせず、自分の心に正直に――そうすれば、答えは自ずと出てくるものだ。
「アデルさん……私も、あなたのことをもっと知りたい。あなたと、過ごしたいです」
アデルさんの顔が、ぱあっと華やぐ。
幸せそうに微笑む彼の顔を見て、私の口元も綻んだ。
ざわめいていた心が、不安が、白い夜に溶けていく。
「ありがとう、レティ」
「いいえ……こちらこそ、ありがとうございます」
アデルさんは、私の手をきゅっと握り、目を細める。
私も彼の手を握り返して、心の底から安心し、笑った。
ふと、二人同時に夜空を見上げる。
星の瞬く天穹の中央には、清月がただ静かに、白い光をたたえていた。
――――第二章 恵みの森の野菜 fin.
【参考資料】
KWC著、「生トマトでトマトソース作り方!トマト缶&レンジの簡単レシピも」KAGOME、2023.01.13
https://www.kagome.co.jp/vegeday/eat/201708/6829/
Uli著、「塩だけで本当においしい♪「ラタトゥイユ」の作り方」macaroni、2024.02.29
https://macaro-ni.jp/80975
白鳥紀久子 著、「【シェフ直伝】シンプルな「じゃがいもガレット」のレシピ。つなぎなしで外カリカリッ!」FOODIE、2023.04.11
https://mi-journey.jp/foodie/88465/
上記以外にも、複数のサイトや文献を調べ、一部参照の上、実際に試作してから執筆しています。