目的地に到着し、アデルさんは立ち止まった。それと同時に、繋いでいた手も離れていく。
「あ……」
「ん? どうした?」
「い、いえ」
遠ざかっていく温度を名残惜しく思っている自分に気がついて、私は少しだけ驚いた。私は慌てて首をぶんぶんと振り、誤魔化す。
アデルさんはその仕草を見て不思議そうにしていたが、すぐに気を取り直して、目の前に聳えている、巨大な存在感の塊に言及した。
「――これは、『精霊の樹』と呼ばれるものだ。この星に広がる、
「きれい……」
純白の、神々しい樹だった。
雪よりも白く、天使の羽のごとく柔らかな葉のドレスを纏っている樹は、息を呑むほど美しい。
「この樹こそが星の大精霊であり、恵みの森そのものなんだ。俺たちの一族は、森の一角に小さな集落を作り、この樹を永きにわたって保護してきた」
「樹の保護、ですか?」
「ああ」
アデルさんは、私にもわかるように、この樹のこと、世界のことを丁寧に教えてくれた。
魔力を循環させるために、
星の力を受けた六大精霊たちは、自身が認めた人間に精霊の力を与える。
六大精霊の力を授かった、『
そうして、集まった生き物たちから、より多くの魔力と生命が、
魔力と生命を還元された
「俺たちはずっと、この樹を保護し、森に生きる者たちを守り、森の恵みを享受して暮らしてきた」
「森と共にある一族なのですね」
「ああ。『精霊の樹』は、枝葉に過ぎないものの、
「アデルさんは、そんな大きな役目を……」
その話を聞いてようやく私は、アデルさんが一人、この地に残った理由を悟った。
逃げたくても、彼は――火の精霊の加護を授かっている彼だけは、ここから出られなかったんだ。
「妖精たちがここを出て行かず、むしろ近隣からも集まってきたのは幸いだったな。人間の数は減ったが、ここは妖精と動物たちの楽園になった。そのおかげで、
私は、納得して頷いた。
ここに来るまでの間だけでも、かなりの数の妖精たちを見かけたのである。
巨鳥エピのような一風変わった動物たちも、他の森でも見かけるような小動物たちも、ここでは共存していた。
「レティ。俺には、こうして恵みの森を守る責務がある」
アデルさんは、私に向き直った。その顔は、ほんの少しだが、
「俺は、この森の外周を覆う、浄化炎の結界を維持する必要がある。だから、この森からあまり離れられないんだ。しかし、君は違う」
「……えっと」
彼が一体どういうつもりで言っているのかが読めなくて、私は眉をひそめた。
「君は、ドラコの翼を借りれば、比較的安全に外へ出ることが可能だ。それに、結界を問題なく通り抜けられる君なら、再びここに戻ってくるのも、不可能ではない」
「それは、どういう……?」
「……その……、つまり――」
アデルさんが、もごもごしながら何か言おうとしたその時。
突然、目の前にあった精霊の樹が、ひときわ白く光を放ち始めた。
そして、それに共鳴するように、私の身体の中から、ぽう、と魔力が溢れ出す。
隣を見ると、アデルさんも同様だった。身体からじわりと魔力が滲み出し、淡い光を放っている。
彼は安心させるように柔らかく口端を上げ、頷いた。
紅く輝くアデルさんの魔力と、水色に煌めく私の魔力が、空中に立ち昇り、混ざり合い、光の螺旋を描いてゆく。
螺旋は頭上へと舞い上がってゆき、ふわりと弾けて炎の花を咲かせた。
炎の花は空へと溶け消えて、光の粒となって森へと降り注ぐ。
「わぁ……!」
「精霊の祝福……」
あたたかい光だ。
藤色、紅色、薄桃色、水色。
色とりどりの光の残滓が、あちらこちらに散っては消えていった。
「森に気に入られたみたいだな、レティ」
「嬉しい……ありがとう、精霊さん」
返事をするかのように、純白の木の葉がさわさわと揺れる。
爽やかな風が吹き抜け、鳥の
先程よりも光に満ち、あちらこちらに感じられる明るく優しい気配に、私は森が心を開いてくれたことを直感した。
シャララン、チリリン。
その時、後ろから鈴を鳴らしたような音がして、私とアデルさんは振り返る。
そこには、鮮やかな花のドレスを纏った、小さな妖精たちが、たくさん集まって来ていた。
花の妖精たちは、好奇心に満ちた瞳で、こちらを観察している。
花の髪飾りと膝丈のドレス、もしくは、花の帽子にベストとショートパンツを身につけ、足元はショートブーツだ。背中の翅は薄く透き通っていて、きらきらと光を反射していた。
『アデルーこんにちはー』
『新しい人間ー?』
『誰ー?』
「わぁ、しゃべった!?」
「おっと、平気か?」
私は、びっくりしてよろめいてしまった。アデルさんが、慌てて支えてくれる。
彼女たちの言葉は、耳では鈴のような音色に聞こえるのに、何故かその意味を理解することが出来るのだ。
『人間ー、森に祝福、もらったんだねー』
『それなら、私たちの言葉、届くねー』
『こんにちはー、人間ー』
「こ、こんにちは……」
私は、自分の周りにわいわいと集まってきた妖精たちに、おずおずと挨拶を返したのだった。