森の中心部に聳える、純白の
そして、それと同時に、恵みの森でレストランを開くことに。
お客さんは人間ではなく妖精たちだが、図らずも、夢が叶うことになるのだ。ワクワクしない筈がない。
森の祝福から一週間以上が経ち、私の怪我はもうすっかり治っている。あとは、減ってしまった体力が取り戻せたら、元通りだ。
ここ数日は、無理のない範囲でドラコと一緒に家の掃除や洗濯をしたり、いらなくなった服を仕立て直して普段着を繕ったりしていた。
今まではアデルさんの姉、ジーナさんの室内着を借りていたのだが、外出用の服やレストラン用の服も必要だと思ったのだ。アデルさんの古着を直したものなので、黒い服が多いのが難点だが、森の中ではお洒落をする必要もないのだから問題ない。
アデルさんもドラコも私のことをすごく気にかけてくれて、ちょっぴり戸惑うこともある。けれど、私は前世も今世も合わせて初めてというぐらい、毎日のびのびと、たくさん笑って過ごしている。
食事は、私が作ることになった。
アデルさんもドラコも、毎食「美味しい」と喜んで食べてくれている。ただ、私一人では火が使えないので、暖炉で事足りない時には、アデルさんに調理を手伝ってもらうことも多い。
洗い物や洗濯は毛玉みたいな妖精、アワダマたちが手伝ってくれるので、楽ちんだ。
彼らは泡が大好きらしくて、隙あらばお風呂にも侵入しようとするので、最初は驚いた。
悪さをするわけでもないので、最近はアワダマが二、三匹紛れ込んでいても気にならなくなった。むしろ背中を流してくれたりして助かる。
それから、変わったことといえば――。
「レティ、おはよう」
「おはようござ……、おはよう、アデルさん」
私が言い直すと、アデルさんは、嬉しそうにふっと微笑んだ。
以前彼が望んだとおり、私は、アデルさんに敬語を使うのをやめようと努力していた。少しずつ慣らして、ようやく敬語抜きで話すことができるようになってきたところだ。
とはいえ、敬称はまだ取る勇気がないが。
敬語がなくなると、なんだか心の壁まで取り払われたような気がするものだ。私たちの距離は、着実に縮まっていた。
私が精霊の樹の祝福を受け、『恵みの森の家族』となってからか、敬語を使わなくなってからか――アデルさんはよく笑うようになった。
「今日も、ドラコと一緒に食材を集めに行くのか?」
「うん、そのつもり。森でどんな食材が採れるのか、自分の目で見て知っておきたいの」
私は一昨日からドラコに森の中を案内してもらい、食材探しを始めていた。
一昨日は、低木に生る果実や葉物野菜、根菜などの収穫の仕方を教えてもらった。今日は、きのこ狩りと芋掘りをする予定である。
野菜や果実の収穫作業はかなりの重労働で、筋肉が悲鳴をあげてしまい、昨日は丸一日つぶれてしまった。妖精印の塗り薬がなかったら、今日まで引きずっていたかもしれない。
「そうか。あまり無理をするなよ」
「ふふ、もう一昨日の失敗は繰り返さないわ。アデルさんは心配性ね」
「当然だろう。君は大切な家族なんだから」
アデルさんは柔らかく口元を綻ばせ、私の頭を撫でる。
優しい眼差しと手のひらの温もりに、私は安心して目を細め、身を委ねた。
「何か困ったことがあれば、すぐに言ってくれ」
「うん、ありがとう」
困っていることなんて、何にもない。村にいた時よりも、ずっとずっと幸せだ。
アデルさんもいて、ドラコもいる。森に認められて、『友達』から『恵みの森の家族』に関係性が変わったけれど、前にアデルさんが言っていた持ちつ持たれつの関係は、とても心地のよいものだ。
それに、自分のレストランを開くという前世からの夢だって、もうすぐ叶う。
「それじゃあ、俺は一足先に出るよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
アデルさんは、嬉しそうにふわりと微笑む。長い黒髪を靡かせ、同じ色のマントを翻して、玄関から出て行った。私は、扉に手を添え、小さくなっていく彼の背中を見送る。
――アデルさんにとって、私はどんな存在なのだろう。
私にとっては、アデルさんは唯一無二の庇護者だ。けれど、それだけではない。
お互いはっきりと言葉にしたことはないけれど、私たちの間に芽生えはじめたこのくすぐったい空気は、もしかしたら――。
*
「レティ、おはようございます」
「おはよう、ドラコ」
アデルさんを見送ってすぐに、ドラコが二階からぱたぱたと降りてきた。
ドラコはお寝坊さんで、いつもゆっくり起きてくる。夜は早く寝てしまうし、きっちりお昼寝もしているらしい。森での生活は、自由なのである。
「筋肉痛はもう治ったですか?」
「うん、もう大丈夫よ。ありがとう」
「じゃあ、今日こそきのこ狩りに行くです!」
そうして私は、出かける準備を終えると、大きな籠を背負ったドラコと一緒に、きのこの群生地に向けて出発したのだった。
「……あれ?」
歩きながらドラコと話をしていて、ちらりと籠の中が見えた。ドラコの背負う籠の中は空っぽで、道具類も何も入っていない。
「土を掘る道具は、持ってこなかったの?」
「本当は芋掘りもする予定だったですけど、また筋肉痛になっても困るですし、今日はやめておきましょう」
「う」
悪気のないドラコの言葉に、私は声を詰まらせた。
一昨日張り切りすぎてしまった自分が悪いのだが、我が身の軟弱さが本当に嫌になる。
「……芋掘り、行きたかったなあ」
「機会はまたありますから」
うなだれる私を励ましつつ、ドラコはきのこの群生地を目指して森へと分け入ったのだった。