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3-7. 妖精たちのティーパーティー



 レストランを開業して最初に訪れたお客様は、花の妖精たちだった。


 正確には私から声をかけて来てもらった『招待客』だ。

 彼ら彼女らは、森中の花々を知り尽くし、あちこち飛び回っている。そのため彼らは、妖精の中でも、抜群に顔が広い。

 今回の招待を機に、花の妖精たちからこのレストランの評判が広まってくれれば、御の字である。


 ちなみにレストランの場所は、アデルさんの家の庭先だ。

 ダイニングで良いのではないかという案もあったのだが、どんな妖精が来店するかわからないので、却下となった。森には、家より大きな妖精や、水の中、泥の中に棲む妖精もいるのだ。


 それに、恵みの森は日差しも強すぎず、ほど良い気候である。天気の良い日は、庭の方が気持ちいいし、大人数にも対応できる。

 雨の日は営業できないが、仕込みをしたり他の用事を済ませたりすれば良い。


「こんにちは、いらっしゃいませ!」


『レティ、こんにちはー』

『招待してくれてありがとー』

『今日は女子会ー』

『とっても楽しみにしてたー』


「皆様、記念すべき最初のお客様になっていただき、ありがとうございます。さあ、お席へどうぞ」


 お客様は五人、それぞれ異なる花の妖精。

 ピンク、緑色、オレンジ色、黄色、薄紫色の花のドレスと髪飾り、ショートブーツを各々身につけ、透明な薄いはねは淡い光を放っている。

 本人たちが言っていたように、今日は女子会のようだ。


 妖精たちは、思い思いに席についた。席の高さは、ドラコに手伝ってもらって、妖精仕様に合わせてある。

 各々の席には、取り皿とフォーク、ナプキンをセット済だ。


 テーブルの中央には、簡単に摘めるものをたくさん並べてある。


 スコーンと数種類のジャム。

 ジャムは、オレンジや桃、クランベリーなどのフルーツに、香りがあまり強くない花の蜜を加えて煮詰めて作った。多めに作ったので、朝食の白パンと合わせても楽しめる。

 スコーンの方は、バターが手に入らないのでコクや香りが少し物足りない。だが、今回はフルーツがゴロゴロ入っているジャムがメインなので、充分だ。


 次に、バナナを練り込んだパンケーキ。

 フォークの背でしっかり滑らかになるように潰したバナナと、薄力粉、卵で作った、もちもち食感のパンケーキだ。バナナの優しい甘みと香りがしっかり生きている。

 切り分けなくてもいいように一口サイズに焼き、ミントの葉と、サトウカエデから採取したメープルシロップを添えておいた。


 それから、カリカリに揚げた、たまごドーナツ。

 エピオルニスの卵と薄力粉、ベーキングパウダー、そしてこちらも砂糖の代わりに優しい甘さの花の蜜。

 油を中温に熱して、狐色になるまで揚げた、素朴でシンプルなドーナツだ。


 最後に、フルーツ飴。

 砂糖代わりの花の蜜を加熱し、ぐつぐつと煮立ったら、串に刺したイチゴやブドウ、パイナップルを糖液にくぐらせ、まんべんなく蜜を纏わせたら冷やし固める。

 彩りも美しく、つやつやキラキラして女子会にぴったりの一品だ。

 ジャムに使ったフルーツとは異なるものを用意しておいた。


 本当はクッキーとかマカロンとかギモーヴとか、もっとお洒落で簡単に摘めるものも作ってみたかったのだが、できなかった。

 お菓子作りはレシピの分量を守ることが大切なのだ。肝心のレシピ本がこの家にはないので、今回は作り慣れたものや、計量の必要がないものを中心に用意した。それにそもそも、バターや生クリームなど、材料だって足りていない。


 さらに、今回はスコーンも含めて全てフライパンで調理したが、本格的にお菓子を作るならオーブンなどの設備も欲しいところだ。

 とはいえここは森の中、贅沢は言えない。そもそもコンロもなくて、部屋の暖炉で調理しているぐらいなのだ。


 なお、アデルさんには、レストランで出す料理を作る手伝いは、してもらっていない。普段から忙しく森へ出ていることの多い彼に頼っていては、レストランの営業なんて、とてもじゃないが、不可能だ。

 この家唯一の暖炉は二階にあり、庭と行き来をするのはけっこう大変だ。そういうわけで、主に、事前に暖炉で調理したものを出すことになるため、冷めても美味しいものを中心に作ることになる。


『すごいーレティが全部用意したのー?』

『可愛いーキラキラの果物ー』

『果肉ごろごろのジャムー美味しそー』


「ふふ、ありがとうございます。今日はティーパーティーを楽しんでいって下さいね。今、あたたかいお茶をご用意します」


 見た感じ妖精たちの評価も上々で、私はホッとした。

 花の妖精たちに一言断って家の中に入り、二階の暖炉で温めていたケトルを持って、庭に戻る。


 まずは用意しておいたティーポットとティーカップに熱いお湯を注ぎ、温める。

 ポットのお湯を一度捨て、茶葉を入れたら、熱々のお湯を注ぐ。

 沸騰してすぐの熱いお湯を使い、出来るだけポットの温度を下げないことがコツだ。


 お湯を入れたら蓋をして蒸らし、少し待ったらポットの中をスプーンでかき混ぜる。

 あとは茶こしに当てながら、温めておいたティーカップに、均一になるよう回しいでいくだけだ。

 ミルクはないので、花の蜜とスライスしたレモンを添えて、それぞれの席に提供サーブする。


「熱いので気を付けてくださいね」


 この茶葉も、手作りの紅茶葉だ。

 恵みの森で取れた茶葉を日陰で乾かし、手揉み発酵させたものを、弱火で炒って乾燥させて作った品である。

 元々の茶葉の質が良いのだろう、甘みのあるフルーティーな味わいで、満足のいく仕上がりになった。


 妖精たちは、ふうふう息を吹きかけて紅茶を冷ましたり、香りを確かめたり、蜜を入れてスプーンでかき混ぜたり、各々好きなように紅茶を楽しんでいる。


『美味しいー』

『レティ、おかわりー』

『紅茶にジャム入れてみようかなー』


『お菓子も美味しいー』

『パンケーキもちもちー、バナナの味ー』

『わたしはドーナツ好きー、かりふわー』


 紅茶もお菓子も好評のようで、一安心だ。

 私は、おかわり用の紅茶を用意したり、足りない物がないか気を配る。


『こないだねー森の北の方でねー』

『えーそうなのー』

『きゃはは、それはすごいねー』


 妖精たちの話にも、花が咲きはじめたようだ。

 美味しいものを摘みながら、きゃいきゃいと楽しそうに女子会をする妖精たち。


 そこには笑顔と笑い声が溢れていて、遠くで眺めている私も幸せな気持ちになれる。

 お客様の喜ぶ顔やリラックスした表情が間近で見れるのも、レストランの醍醐味だ。


『ねえねえ、レティー』

『ちょっと来てー』


 私がお客様たちの様子を、少し離れた場所でにこにこしながら眺めていると、しばらくして、花の妖精たちから呼ばれたのだった。


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