目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

3-8. 女子会に必要なもの



 花の妖精たちに呼ばれて、私は急いで彼女たちのテーブルへ向かった。


「はい、何かご要望でしょうか?」


『お料理、もう終わりー?』

『レティ、暇になったー?』


「えっと、ご用意していた分はこれで終わりです。もしかして、お料理、足りませんでしたか?」


『ううん、お料理は足りたー』

『飲み物も足りてるー』

『でも、ひとつ、足りないものあるー』

『今日は女子会ー』

『女子会には絶対必要なもの、なーんだー?』


「足りないもの……メニューのことではない……女子会に必要……?」


 私は首をひねってみたが、全然思いつかなかった。素直に頭を下げて、妖精たちに問いかけてみる。


「ごめんなさい、わからないです。何が不足だったか、教えていただけませんか?」


『じゃあ、椅子ひとつ持ってきてー』

『妖精用じゃなくて、人間用のやつー』

『あと、ティーセットもー』

『もちろん人間用のー』


「……? わかりました、ただいまお持ちします」


 私が言われたとおりに椅子を用意して戻ると、紫色の妖精と黄色の妖精の座っていた椅子がずらされて、ちょうど中央に空間ができていた。

 椅子をそこに置くよう促され、続いて、ティーセットを取りに戻る。


「お待たせしました」


『レティーこっちこっちー』

『レティ、ここの椅子に座るー』

『ラベンダーとミモザの間ー』


「えっ?」


 私がぽかんとしていると、あれよあれよという間に、持ってきたばかりの椅子に座らされてしまった。


『はやくはやくー』

『女子会に必要なもの、それはー』

『恋バナー!』

『ねえねえ、アデルとはどうなのー』

『恋人同士なんだよねー?』


「えっ、えええ!?」


 妖精たちの予想外の注文に、私の顔は一瞬で茹で上がる。


『きゃはは、いい反応ー』

『かわいいー』

『恋する乙女だー』


「ち、違いますよ! 私とアデルさんは、友達で! ていうか、恋バナって」


『でも、ただの友達じゃないでしょー』

『だって、同棲中だもんねー』


「どっ」


 言われてみれば、確かにそうだ。けれどそれは、この森に人間の住める場所が他にないし、私がまだ森に不慣れだからで。……どちらかというと、同棲ではなく居候である。

 そう、どこからどう見ても、居候だ。自分で気づいて、恥ずかしくなりつつ、ちょっとだけ落ち込んだ。


『きゃはは、レティ、真っ赤ー』

『かわいいー』

『アデルもおんなじ反応だったねー』


「あ、アデルさんにも聞いたんですか?」


『聞いたよー』

『アデルは家族って言ってたー』

『じゃあ夫婦なのって聞いたら、それも違うって言われたんだよねー』

『真っ赤になってたねー』

『目ーつり上がってたねー』


「か、家族……はそうかもしれませんけど、アデルさんの言った通り、夫婦じゃありません……」


 私は消え入りそうな声で反論するのが、精一杯だった。


「……私なんかが恋人や奥さんだと思われたら、アデルさんに迷惑です」


『あはは、二人とも、おそろいだねー』

『アデルもおんなじこと言ってたよー』

『レティに迷惑だからやめろ、ってー』


「え……?」


 アデルさんがそんなことを?

 私は目を丸くした。


『レティは迷惑なのー?』


「私が迷惑に思うわけ、ありません。だって、アデルさんは命の恩人ですし、大切な家族ですし。それに、私は……」


『ねえ、レティー』

『正直に言っちゃいなよー』

『あたしたち、アデルに言ったりしないよー』

『アデルのこと、本当はどう思ってるのー』


「アデルさんのこと……、好きですよ」


 観念してぽつりとそう告げると、妖精たちがきゃあきゃあと嬉しそうに声を上げた。

 実際、『好き』だというのは事実だ。


「でも」


 私が暗い声で続けると、妖精たちは騒ぎ出すのをやめた。皆身を乗り出し、私の顔をじっと見て、真剣に耳を傾けている。


「私……、今まで、ちゃんと恋をしたことがないんです。前に住んでいた村でも、同世代の人たちには、ほとんどみんな、決まった相手がいたのに」


 村というのは、結婚が早いものだ。私が孤立するきっかけとなった干ばつが起きたのは、十七歳の頃だったが、村ではもう行き遅れとみなされる年齢だった。

 結婚出産どころか、恋愛にも興味を持たなかった私の意思を尊重して、母が私から縁談を遠ざけてくれていたというのもある。


 ちなみに、転生前はどうだったのか。それに関しては、残念ながら、全く思い出せなかった。


「それに……アデルさんは素敵な人ですけど、友達で、家族です。彼のそばにいたい、彼のことをもっと知りたい、彼の喜ぶ顔が見たい……そんな風に思いますけど、それは友達だから。家族だから」


 私はアデルさんと違って、唯一無二の力を持つわけではないし、あまり役に立つ人間でもない。

 お料理をしたり、ドラコを手伝って家の掃除や片付けをしたり、話し相手になったり……その程度しかできないのだ。もっと何かしたいという気持ちはあるのだが。


「それは彼にとっても、同じ。友達だから、家族だから、守るべき対象になっているだけです」


 私には、男家族の記憶があまりない。転生前のことはほとんど思い出せないし、今世では、父親不在の一人っ子だった。

 だから、アデルさんが私をこうして庇護してくれて、大切にしてくれることに対しての好意……それが恋愛的な好意なのか、父や兄に対して抱くのと同様の好意なのか、親しい友人としての好意なのか、それもよくわからない。


「……だから、私の抱くこの『好き』という気持ちが、恋なのかどうか、はっきりとはわかりません。でも、アデルさんと一緒に過ごす時間が、私にとって特別なのは確かです」


『うーん』

『人間って、難しいこと考えるねー』


 妖精たちは、ふうん、と可愛くため息をついた。腕を組んだり顎に手を当てたり、首をこてんと傾けたりしている。

 ややあって、妖精たちが口を開いた。


『ねえレティー』

『あたしたちには、さっぱりわかんないんだけどー』

『レティとアデルの関係に、名前をつける必要って、あるのー?』


「え……?」


 思いもしなかった言葉に、私は目を瞬かせた。


『はっきりしなくてもよくないー?』

『今のままで居心地いいんでしょー』

『友達で家族で恋人で夫婦でもいいじゃんー』

『レティとアデルの関係は、レティとアデルだけのものー』


「私と、アデルさんだけの……」


『確かに恋人かって聞いたのあたしたちだけどさー』

『お互いにとって特別なら、その関係に名前なんていらないよー』

『それはレティたちだけの特別な関係ー』

『それも立派な、愛の形ー』

『他の人と違う、二人だけの形ー』


「愛……」


 口に出して繰り返すと、ほわほわと、心があたたかくなってゆく。


 ――出会ってからひと月にも満たないのに、その言葉は少し重いのではないかとも思うけれど。

 それでも、彼女たちの言葉は言い得て妙で。

 確かにこの気持ちには、『恋』よりも『愛』という言葉の方が、しっくりくるような気がした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?