花の妖精たちに呼ばれて、私は急いで彼女たちのテーブルへ向かった。
「はい、何かご要望でしょうか?」
『お料理、もう終わりー?』
『レティ、暇になったー?』
「えっと、ご用意していた分はこれで終わりです。もしかして、お料理、足りませんでしたか?」
『ううん、お料理は足りたー』
『飲み物も足りてるー』
『でも、ひとつ、足りないものあるー』
『今日は女子会ー』
『女子会には絶対必要なもの、なーんだー?』
「足りないもの……メニューのことではない……女子会に必要……?」
私は首をひねってみたが、全然思いつかなかった。素直に頭を下げて、妖精たちに問いかけてみる。
「ごめんなさい、わからないです。何が不足だったか、教えていただけませんか?」
『じゃあ、椅子ひとつ持ってきてー』
『妖精用じゃなくて、人間用のやつー』
『あと、ティーセットもー』
『もちろん人間用のー』
「……? わかりました、ただいまお持ちします」
私が言われたとおりに椅子を用意して戻ると、紫色の妖精と黄色の妖精の座っていた椅子がずらされて、ちょうど中央に空間ができていた。
椅子をそこに置くよう促され、続いて、ティーセットを取りに戻る。
「お待たせしました」
『レティーこっちこっちー』
『レティ、ここの椅子に座るー』
『ラベンダーとミモザの間ー』
「えっ?」
私がぽかんとしていると、あれよあれよという間に、持ってきたばかりの椅子に座らされてしまった。
『はやくはやくー』
『女子会に必要なもの、それはー』
『恋バナー!』
『ねえねえ、アデルとはどうなのー』
『恋人同士なんだよねー?』
「えっ、えええ!?」
妖精たちの予想外の注文に、私の顔は一瞬で茹で上がる。
『きゃはは、いい反応ー』
『かわいいー』
『恋する乙女だー』
「ち、違いますよ! 私とアデルさんは、友達で! ていうか、恋バナって」
『でも、ただの友達じゃないでしょー』
『だって、同棲中だもんねー』
「どっ」
言われてみれば、確かにそうだ。けれどそれは、この森に人間の住める場所が他にないし、私がまだ森に不慣れだからで。……どちらかというと、同棲ではなく居候である。
そう、どこからどう見ても、居候だ。自分で気づいて、恥ずかしくなりつつ、ちょっとだけ落ち込んだ。
『きゃはは、レティ、真っ赤ー』
『かわいいー』
『アデルもおんなじ反応だったねー』
「あ、アデルさんにも聞いたんですか?」
『聞いたよー』
『アデルは家族って言ってたー』
『じゃあ夫婦なのって聞いたら、それも違うって言われたんだよねー』
『真っ赤になってたねー』
『目ーつり上がってたねー』
「か、家族……はそうかもしれませんけど、アデルさんの言った通り、夫婦じゃありません……」
私は消え入りそうな声で反論するのが、精一杯だった。
「……私なんかが恋人や奥さんだと思われたら、アデルさんに迷惑です」
『あはは、二人とも、おそろいだねー』
『アデルもおんなじこと言ってたよー』
『レティに迷惑だからやめろ、ってー』
「え……?」
アデルさんがそんなことを?
私は目を丸くした。
『レティは迷惑なのー?』
「私が迷惑に思うわけ、ありません。だって、アデルさんは命の恩人ですし、大切な家族ですし。それに、私は……」
『ねえ、レティー』
『正直に言っちゃいなよー』
『あたしたち、アデルに言ったりしないよー』
『アデルのこと、本当はどう思ってるのー』
「アデルさんのこと……、好きですよ」
観念してぽつりとそう告げると、妖精たちがきゃあきゃあと嬉しそうに声を上げた。
実際、『好き』だというのは事実だ。
「でも」
私が暗い声で続けると、妖精たちは騒ぎ出すのをやめた。皆身を乗り出し、私の顔をじっと見て、真剣に耳を傾けている。
「私……、今まで、ちゃんと恋をしたことがないんです。前に住んでいた村でも、同世代の人たちには、ほとんどみんな、決まった相手がいたのに」
村というのは、結婚が早いものだ。私が孤立するきっかけとなった干ばつが起きたのは、十七歳の頃だったが、村ではもう行き遅れとみなされる年齢だった。
結婚出産どころか、恋愛にも興味を持たなかった私の意思を尊重して、母が私から縁談を遠ざけてくれていたというのもある。
ちなみに、転生前はどうだったのか。それに関しては、残念ながら、全く思い出せなかった。
「それに……アデルさんは素敵な人ですけど、友達で、家族です。彼のそばにいたい、彼のことをもっと知りたい、彼の喜ぶ顔が見たい……そんな風に思いますけど、それは友達だから。家族だから」
私はアデルさんと違って、唯一無二の力を持つわけではないし、あまり役に立つ人間でもない。
お料理をしたり、ドラコを手伝って家の掃除や片付けをしたり、話し相手になったり……その程度しかできないのだ。もっと何かしたいという気持ちはあるのだが。
「それは彼にとっても、同じ。友達だから、家族だから、守るべき対象になっているだけです」
私には、男家族の記憶があまりない。転生前のことはほとんど思い出せないし、今世では、父親不在の一人っ子だった。
だから、アデルさんが私をこうして庇護してくれて、大切にしてくれることに対しての好意……それが恋愛的な好意なのか、父や兄に対して抱くのと同様の好意なのか、親しい友人としての好意なのか、それもよくわからない。
「……だから、私の抱くこの『好き』という気持ちが、恋なのかどうか、はっきりとはわかりません。でも、アデルさんと一緒に過ごす時間が、私にとって特別なのは確かです」
『うーん』
『人間って、難しいこと考えるねー』
妖精たちは、ふうん、と可愛くため息をついた。腕を組んだり顎に手を当てたり、首をこてんと傾けたりしている。
ややあって、妖精たちが口を開いた。
『ねえレティー』
『あたしたちには、さっぱりわかんないんだけどー』
『レティとアデルの関係に、名前をつける必要って、あるのー?』
「え……?」
思いもしなかった言葉に、私は目を瞬かせた。
『はっきりしなくてもよくないー?』
『今のままで居心地いいんでしょー』
『友達で家族で恋人で夫婦でもいいじゃんー』
『レティとアデルの関係は、レティとアデルだけのものー』
「私と、アデルさんだけの……」
『確かに恋人かって聞いたのあたしたちだけどさー』
『お互いにとって特別なら、その関係に名前なんていらないよー』
『それはレティたちだけの特別な関係ー』
『それも立派な、愛の形ー』
『他の人と違う、二人だけの形ー』
「愛……」
口に出して繰り返すと、ほわほわと、心があたたかくなってゆく。
――出会ってからひと月にも満たないのに、その言葉は少し重いのではないかとも思うけれど。
それでも、彼女たちの言葉は言い得て妙で。
確かにこの気持ちには、『恋』よりも『愛』という言葉の方が、しっくりくるような気がした。