「ただいま、レティ。楽しんでいるみたいだな」
花の妖精たちをおもてなし……から一転、逆にもてなされているうちに、森に出かけていたアデルさんが帰ってきた。
私は思いっきり肩を揺らして立ち上がると、声のする方を振り返る。聞かれてはいないと思うが、今までアデルさんの話をしていたから、とても気まずい。
「あっ……お、おかえりなさい、アデルさん」
「……顔が赤いぞ。どうしたんだ?」
「な、なんでもないです」
「敬語に戻ってる」
「はっ」
私がしどろもどろになっているのを見て、アデルさんは不審げに首を傾げた。私は、つう、と視線を逸らす。
「……まあ、いい。ところで、これは……レストランの営業というより……」
「えっと、これは、その」
『あたしたちがお願いしたのー』
『今日は女子会だもんー』
『恋バナは絶対必要ー』
「ちっ、違うの!」
「……恋バナ?」
私は、慌てて身振り手振りで花の妖精たちを止めようとしたが、彼女たちには効果がなかったようだ。妖精たちはとても楽しそうな笑顔で、会話を続ける。
『内緒の話ー』
『レティの好きな人の話ー』
「好きな人……? レティ、君には好きな人がいたのか?」
「えっ? いや、そうだけど、そうじゃなくて」
「……そう、だったのか」
アデルさんは、声を落とし、目を伏せた。私たちに背を向け、家の中に入っていこうと
「……邪魔して悪かった。花の妖精たち、楽しんでいくといい」
「待って、アデルさん! 違うの、そうじゃないの」
『あれれー』
『もしかしてシュラバー?』
『あわわ、もしかしてー』
『アデルーちょっと待ってー』
花の妖精たちは一斉に席を立って、ひらひら空中に舞うと、アデルさんの進路を邪魔した。
『アデルーまだ話終わってないー』
『レティの話、ちゃんと聞くー』
「……話なら後で聞く。今は放っておいてくれないか」
『だめー』
『今じゃなきゃだめー』
アデルさんは花の妖精たちをかきわけて進もうとした。しかし、そうはさせまいと頑張っている花の妖精たちに押し切られて、彼はため息をつき立ち止まった。
『アデルー、レティの話、聞いてあげてー』
『レティー、ちょうどいい機会だよー』
『言っちゃいなよー』
『レティー、ちゃんと言える-?』
「アデルさん、その……私……」
私が震える声でアデルさんの名を呼ぶと、彼は半分だけ顔をこちらに向けた。覗く紅い瞳には、久々に私を拒絶する、冷たい色が宿っている。
私は自分を叱咤した。今、彼に正直な気持ちを伝えないと、もう私にあの優しい眼差しを向けてくれなくなる――そんな予感、いや、確信があった。
「私……私が好きな人……私にとって特別な人は――」
「……もういい。聞きたくない」
「――アデルさん、です」
拒絶し目を閉じる彼を無視して、私は最後まではっきりと言い切った。
ぴくり、と瞼を揺らし、ゆっくりと彼は、深い紅をこちらへ向ける。
「……今、何と」
「アデルさん。あなたが、私にとっての、ただひとり、特別な人なの」
私が再びそう断言すると、彼は、今度こそこちらに身体ごと向き直った。美しい深紅の瞳は、こちらをひたと見つめて、揺れている。
「これが恋愛的な意味での『好き』なのかどうか、私にはわからないわ。経験したことがないから。でも、これまで生きてきてこんなに『好き』になった人は、アデルさん……あなただけなの」
私と向き合うアデルさんの喉が、こくりと上下に動く。彼はひとつ瞬きをして、私を再び見つめた。
「アデルさんが、私の作ったお料理を食べて、幸せそうに笑うところが、好き。私が困っていると、さりげなく助けてくれる優しさが、好き。頭を撫でてくれる大きな手が、好き。他にも、数えたらキリがないぐらい――あなたの仕草が、あなたの表情が、あなたの心が、これまでに出会った誰よりも……好き」
そこまで言って、私は恥ずかしくなって、少しうつむく。アデルさんの、妖精たちの、皆の視線が、私に刺さりまくっているのを感じて、顔に熱がのぼってくる。
「レティ……君という人は……」
聞こえてきたアデルさんの声も、絞り出したような、掠れたものだった。
もうここまで言ったのだから、と私は覚悟を決めて、顔を上げる。まっすぐにアデルさんの瞳を覗き込むと、私と同様、彼もすっかり赤面していた。
「私は、もっともっと、あなたのことを知りたい。あなたと共に過ごしたい。……私は、望まれたわけではなく、突然ここに押しかけてきた身だから、あなたにとっては迷惑かもしれない。けれど、私は、願ってしまったの。もっと、ずっと、ここにいたいって」
「……レティ」
アデルさんは、一歩、足を踏み出した。家の玄関に向かってではなく、私の方へ。ゆっくりと。
彼の周りを舞っていた妖精たちも、道を空けた。本来おしゃべりが大好きなはずなのに、彼女たちは私たちの様子見に徹している。
彼は、手を伸ばせば届く距離で、立ち止まった。すぐそばで見る紅い瞳は、もう、冷たい色を宿してはいない――むしろ、真逆だった。