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第四章 ドワーフたちの大宴会

4-1. 閑古鳥



 妖精たちのティーパーティーからさらに数日。

 私は暇を持て余していた。


「あああー、暇だぁぁ……」

「お客さん来ませんねえ」


 そう。

 レストランを開いたはいいけれど、全くと言っていいほどお客様が来ないのだ。

 テーブルに頬杖をついて、お客様の来店を待つ日々。いい加減飽きてしまった。


「綺麗なランチョンマットも、可愛いコースターも作り終わっちゃったし」

「花の妖精たちにもらった、綺麗な布と糸はまだ余ってるですよ」

「うーん、綺麗な色合いが増えるのは嬉しいけど、繕い物はもうしばらくいいわ……」


 レストラン初日に招いた花の妖精たちは、お礼として、綺麗な布と糸を置いていってくれたのである。招いた五人の妖精たちの色と同じ、優しいパステルの風合いだ。

 この家にあるのは、アデルさんのお下がりの黒い布ばかりだから、柔らかな色合いが増えるのはすごく嬉しかった。


 布と糸をもらってからしばらくは、レストランのテーブルを飾る小物類を繕うのに忙しかった。やはりお店の外観も、お客様がくつろぐ上で、非常に大切だからだ。

 けれど、ひと通りの小物類が揃う頃には、もう繕い物をするのにも疲れてしまったのだった。それより、早くお客様に料理を振る舞いたい。


「ドラコー、なんかやることなーい?」

「ないです。レティがお掃除やらお洗濯やら、お家のことを全部やってくれるので、ドラコのやることも減っちゃったです。だから、食料の調達も普段よりはかどって、レストランのお手伝いができるようになったんですし」

「そうよねー」


 食料の調達どころか、最近では長期保存品まで充実してきた。


 干し椎茸や干し柿、切り干し大根。ドライトマトやドライフルーツ、ドライハーブ・スパイス各種。

 長期保存の方法には天日干しの他に塩漬けもあるが、塩を大量に使う。この森では塩は貴重なので、次回、ジーナさんから多めに分けてもらうようにお願いして、少量の梅干しだけ仕込ませてもらった。


 梅干しを仕込む過程で、梅酢も手に入る見込みだ。漬ける時に赤紫蘇も入れると、鮮やかな赤色の梅酢になる。

 長芋を短冊状に切ったものや蓮根の輪切りなど、白っぽい野菜を梅酢で漬けると、綺麗なピンク色になって可愛い。ドレッシングなどに利用しても華やかだ。


 梅干しを仕込んでいて、白米が恋しくなってしまったりもした。けれど、現状では、白米を用意するのは難しい。


 米は、前世で最も慣れ親しんだ主食だ。何でもアリのこの森になら、稲も存在するかもしれない。けれど、収穫してからどうやって食卓に並ぶのか、正確には覚えていない。

 確か、白米を用意するには、脱穀や籾摺もみすり、精米などのステップを踏まなければならなかったはずだ。試行錯誤を繰り返せば、籾摺りまではなんとかいけるかもしれないが、精米の工程はさすがにわからない。


「レティ、今日はもう店じまいしちゃいますか?」

「うーん、でも、まだお日様も高いのに……」


 妖精たちは、各々好きな居場所があり、基本的にはそこを動こうとしないのだ。花の妖精たちや、エピのような動物たちは、一部の例外なのである。

 ドワーフたちにも一度会ってみたいのだが、彼らはずっと地下にこもっていて、まだ会ったことがない。


「そうだわ、宣伝がてら移動販売に行くのは?」

「もー、レティったら。ここ数日で、それ、まったくの無駄って分かったでしょ?」

「むうう……そうなんだけど……」


 妖精たちには人見知りをする者も多く、私の気配がすると隠れてしまう子たちもいる。


 人見知りでなくとも、森に住む妖精たちのほとんどは初対面。味の好みを知らないのはもちろん、信頼関係も全く築けていない。

 出来上がっている料理を持って売りに行っても、そこら中に食べ頃の果実や植物があるから、わざわざ新参者から食事を買う必要もないのだ。


 ほとんどの妖精たちはどちらかというと保守的で、最初に興味を持ってくれた花の妖精たちのように、好奇心の強い妖精の方が珍しいのである。


「地道に信頼を獲得していくしかないか……」

「まずは妖精たちを知ることからですね。時間はゆっくりあるんですから、のんびりやるですよ。そのうち、皆も心を開いてくれるです」

「そうよね、わかってるんだけど、焦るなあ……」


 何も出来ないまま日々が過ぎていくのが、もどかしい。そろそろ本気で営業形態や宣伝方法の変更を考えた方がいいだろう。

 いっそのこと完全予約制にして、空いた時間をすべて、宣伝を兼ねた移動販売にあてようか。しかし、完全予約制となると、いくら宣伝をしたとしてもご新規様には敷居が高くなってしまう気がする。


 かと言って、別の場所で営業するのも難しい。

 家から離れると火が使えないし、でこぼこ道を通って料理を持ち運ばなくてはならないため、出せる料理が限られてしまうのだ。


 それから、今やっている移動販売が上手くいっていないのは、見せ方が下手なせいもあると思う。

 販売に向かうには、当然森の中の道なき道を徒歩で進まなくてはならないため、メニューを書いた看板を背負って歩くわけにもいかない。

 商品を保存用の紙に包み、バスケットに入れて持ち歩いているため、開けてみないと見た目も分からないし、匂いもしないのだ。


 キッチンカーの営業をする時のように、可愛い看板を描いたり、ショーケースに食品サンプルを入れたりして、美味しそうな見た目を演出することもできない。

 かといって、鰻屋や焼き鳥屋のように、わざといい匂いを漂わせてお客様を引きつける、ということも不可能だった。火が使えないため、調理時に出るいい匂いを利用することができないのだ。


「あーあ、移動できるキッチンがあったらなぁ。そしたら出張レストランを開けるのに」

「移動できるキッチンですか。そんな都合のいいもの、あるわけないです」

「そうよねぇ。……はぁ」


「ただいま」


 今日何度目かのため息をついたその時、この家の主が帰ってきたのだった。


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