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第5話 告白も突然に

 喫茶店で別れ話をした翌日。ノアは騎士団長に呼び出された。

 ノアが所属する王宮魔導師は、平時は魔術の研究、有事は戦場での後方支援を行うので半分研究職、半分軍人という立場だ。

 一応軍属という扱いなので、トップは騎士団長だ。

 現在騎士団長の座についているのは、エレオノーラの異母兄であるレオナルド・ヴァレリーだ。

 後ろ盾など一切ないレオナルドだが、兵士達の強い要望と、周辺諸国に「戦場の悪魔」として恐れられていることもあり、戦後の褒章授与で一代限りの爵位と共に今の地位を与えられた。


「ノア。妹との婚約を解消すると聞いたが本当か?」


 レオナルドは寡黙とまではいかないが、お喋りなタイプではない。

 入室したノアを応接用のソファに座るよう促すと、単刀直入に問いかけた。


「――っはい。自分の不徳の致すところです。妹君には全く非はございません」


 昨日とは違って、ノアは上司の顔をまっすぐ見ることができず俯いたまま答えた。

 眼光鋭いレオナルドだが、怒っているわけではない。

 その目は至って冷静で、目の前の男を見極めようとしていた。


 レオナルドは団長に就任したばかり。

やっと前任者との引き継ぎを終えたところで、本来であれば従騎士や補佐官が忙しなく出入りしているのだが、今は人払いをしているので部屋には二人きりだ。


(あまり長引くと、またノアへの風当たりが強くなりそうだな……)


 人は英雄に憧れるものだ。

 貴族の血が流れているのに不遇な幼少期を過ごし、その後も数々の困難に見舞われながらも逆境を跳ね返して活躍し続けたレオナルド。

 見た目も華やかでありながら脆弱な雰囲気はなく、筋骨隆々の一歩手前といった体つきには無駄がない。

 まるで物語から飛び出したような男の姿に、国民以上に騎士団の人間の方が熱を上げていた。


 やれ自分は従軍当初からの付き合いだとか、剣の扱いを教えたのは俺だとか、無謀な任務に同行した仲だとか。

 勝者を決めようのないことを言っては、お互いに張り合っている。

 そんな彼らにとって、妹の婚約者というだけで気にかけられているノアは気に食わない存在だ。

 軍人なだけあり上下関係は弁えているので、若くして魔導師団のNo.2であるノアに喧嘩を売る輩がいないのだけが救いだ。

 せいぜい陰口をたたく程度なので見かけたら注意しているが、それでも気分がいいものではない。


 ノアはなにも悪くない。

 戦地でも王宮でも、彼は真面目に働いていただけだ。

 レオナルドが見かけたら声をかけているに過ぎない。

 妹の婚約者を無視したら不仲を疑われるし、なにより彼がそうしたかったから。


「そうは言うが、この歳で婚約解消されたら女としての幸せを得るのは難しいだろう」


 相手がノアでなければエレオノーラは幸せになれないのだが、余計なことは言わないでおく。


「……悪いのは俺だと周囲に説明してまわります。公爵家から除籍されても、降格になっても解雇になることはないと思うので、望む額の慰謝料を払います」


 俯いたままなのでどんな表情をしているのかわからないが、膝の上に置かれた拳に力を入れたのは見えた。


「誠意を尽くそうとしていることはわかったが、よく考えろ。妹はお前と結婚する日をずっと夢みていたんだ。まさかエレオノーラの気持ちを知らなかったなんて言うなよ」

「……」


 エレオノーラは言葉を惜しまなかった。

 結婚に前向きであると行動で示していたし、手紙を書く際には必ず愛の言葉を綴っていた。

 改めて考えればプレッシャーがすごいし、クソ重い。


(まさか意中の人間がいるというのは嘘で、単にエレオノーラから逃げたかっただけでは……?)


 一瞬ノアを疑ってしまったが、彼なら婚約者の言動を負担に感じたら素直に口にするだろうと思い直す。


「誰だ」

「……」

「相手の名前を言え」

「ご容赦ください」

「母親違いとはいえ、私は兄だ。他人ではない。それくらいの権利はあるはずだ」

「……言えません」

「上官命令だ」


 職権濫用はなはだしいが、エレオノーラでは聞き出せなかった泥棒猫の名前を確認したい。

 相手にその気がなかったとしても、ノアのハートを盗んだ時点でソイツは終身刑相当の大泥棒だ。


「……です」

「悪い。聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


 顔を伏せたままモゴモゴ言われたので、聞き取れなかった。


「あなたです!」

「…………………………え?」


 たっぷり五秒固まった後、レオナルドは間の抜けた声を出した。

 切れ長の目を見開き、耳まで真っ赤にした男を凝視する。


「君はその……女が駄目だったのか……?」


 思い当たる節がないとは言えない。

 長いこと婚約していたが、ノアはエレオノーラにエスコート以外で触れることはなかった。

 健全な二十一歳の若者なはずなのに、キスもハグも一切なしだ。

エレオノーラは積極的に愛の言葉を口にしていたが、ノアはそれに対して拒絶こそしなかったが同じ言葉を返すことはなかった。

 社交界では本音と建て前を使い分けるが、極力嘘は言いたくない。せめてプライベートで気持ちを偽ることはしたくない。そんな性格だとエレオノーラもわかっていたので、そのことを不満に思うことは無かった。

 寂しさはあったが、婿入りするために嘘をつかれることの方が嫌だった。

 ノアからエレオノーラへの愛はなかったが、情はあった。

 だから彼女は結婚する日を待ち望んでいたのだ。いつか愛に変わることを信じていたから……。


「違います! 俺は同性愛者じゃありません! 性別とか関係なくっ! レオナルド様をお慕いしているんです! あなたを愛しているのに、その妹と結婚するなんてできませんっ!」


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