こうして誰も予想しなかった結果をもたらしたレオナルドは、成果を奪われるような形でノルド砦への転属を命じられた。
お次はバリバリの前線。お互いの砦を落とそうと、何ヶ月もにらみ合いが続いている場所だった。
そこで彼は無謀とも言える作戦を命じられた。
「敵の砦に忍び込んで総司令官を暗殺する。頭を失った砦は機能不全となり、容易く落とせるだろう」という、それができれば誰も苦労しないという任務だ。
命じた上官も成功するとは思っていない。完全に捨て駒扱いだった。
ノルド砦の上官は、前任地で持て囃されていたレオナルドが気に食わなかった。
これは戦争だ。英雄ごっこは止めろ。
若く凜々しいレオナルドの容姿が、これまた上官の癇にさわった。
レオナルドは引き続き小隊の隊長という立場だったが、部下は一新された。
最初の部下達は国境に残ったので、彼は新たな部下を率いることになった。
そのなかに、ひとり華奢な少年――エリヤがいた。
ある日、エリヤは上官から「夜に酒を持ってこい」という、目的が見え透いた命令をされた。
それを知ったレオナルドは部下に付き添い、言葉通りのことしかさせなかった。
これを機に敵対するというか、上官がレオナルドを蛇蝎のごとく嫌う関係になり、遂には作戦会議でのレオナルドの発言をねじ曲げて「ご自慢の部下だけ連れて、敵将の首を取ってこい」と命じた。
結論から言えば、レオナルドはまたもや予想外の成果をもたらした。
彼の部隊が侵入した時、なんとベリタスの砦には王妃の弟がいたのだ。
これは新国王が後ろ盾である王妃の実家に気を遣い、跡取りとなる義弟に功績を与えようとお飾りの総司令官に据えたからであった。
文化圏が同じなので、建物の構造は大差ない。
事前情報では標的は五十代のはずなのに、最も偉い人物がいるはずの部屋いたのは、身なりの良い少年。
とりあえずレオナルドは侵入者に驚く少年に、少々強引な手段でご同行願った。
結果として奪われた一部の土地と交換する形で、少年をベリタスへ引き渡すことになった。
その後も嫌がらせのような転属を命じられては、レオナルドは結果を出し続けた。
辞令を出している方も段々面白くなってきたのか、無茶振りというか大喜利のような感じになっていった。
だって「取ってこい」とボールを投げたら、毎回金塊を咥えて戻ってくるのだ。次は何を持ってくるのか、期待してしまうのも仕方がないだろう。
そうして最終局面となったランブイオ戦線では、レオナルドは大隊長として左翼に配置された兵士の陣頭指揮を任された。
この頃になると上層部も「この男は潰すのではなく、利用した方が利がある」と考えるようになっていた。
レオナルド・ヴァレリーは、どこへ行っても目覚ましい活躍を見せた。
公平で感情的にならず、上昇志向を持ちながらも部下を見捨てることはない。
あくどい手段を使うことはあるが、決して卑怯ではない。ダークヒーローという感じで、見ていてゾクゾクする。
指揮官としての手腕は確かなのに、男として知っておいて然るべき知識がところどころ欠けているのも人間味があっていい。
剣の扱いが風変わりだったこともあり、いつしかレオナルドは貧民街出身ということになっていた。
ガワが男なだけで、中身は女だ。
びしょ濡れになろうと絶対に人前で服を脱がなかったのだが、それは「人に見せられない傷跡があるに違いない」とかなんとか言われて、揶揄われるどころか気を遣われた。
女性向けの剣術はいつしか「母を亡くした子供が、生き残るために独学で編みだしたもの」になり、常識が欠けているのは「学べない環境で生まれ育ったからだ」と周囲は勝手に納得した。
当の本人は、入隊前の生活を聞かれたら「言いたくない。だが亡き母に恥じるような生き方はしていない」とだけ答えた。
「聞いて面白い話じゃない」とか「言うほどのもではない」ではく、きっぱりと嫌だと言われたら、どんなに興味があっても引き下がるしかない。
憧れと親近感と憐憫。
各地を転々としたのもあり、ひとりの男の存在はあっという間にリオルト軍全体に知れ渡ったのだった。
余談だが、聖地巡礼のノリで貴族が王都にある貧民街に押しかけたことがあった。
住民にレオナルドの過去を聞いてまわったが、彼らの答えは当然「そんなヤツ知らない。ここにはいなかった」だ。
正直に答えた住民に対して「レオナルドの足を引っぱらないように、他人の振りをしているのだ」と感動した貴族達は、金を出し合って貧民街の整備をしたという。
こうして下からの熱烈な支持と、上の思惑により、戦場で荒稼ぎしたかっただけの男は、国一番の騎士として団長職に奉じられたのである。
騎士団長になってしまうと、レオナルドの存在を消すことが難しくなるが、それよりもエレオノーラは金の方が大事だった。
残念ながら報奨金も、危険手当も、役職手当も期待していたほどではなかった。
だが騎士団長の年俸は目玉が飛び出そうな額だった。
なにせ軍のトップだ。諸々の優遇措置も魅力的だった。
一刻も早く借金を返済したかった彼女は、二重生活を決意して今に至る。