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第9話 ライバルは自分

 愛しい婚約者の心を奪ったのは、男バージョンの自分だった。

 これもある意味「最大の敵は自分自身」というやつなのだろうか。


「……いや待てよ。冷静になって考えれば、これって両想いでは?」


 何が切っ掛けでノアがレオナルドに惚れたのかは謎だが、大切なのは彼が家を捨ててでも恋心を貫くつもりでいること。

 これに応えずして何が愛だ。

 レオナルドが好きだと言うならば、全力で応えればいいだけではないか。だってレオナルドは自分なのだから!


 そうと決まったらやることは決まっている。

 エレオノーラもといレオナルドは立ち上がると、迷わず部屋を出た。



「そんなことってある!?」


 覚悟を決めたエレオノーラが訪れたのは、第二王子の執務室だった。

 突然訪ねてきた騎士団長から、一部始終を聞いたリオルト国第二王子・カルロは腹を抱えて笑った。

 体を震わせる度に、癖のある銀髪が揺れる。

 彼はエレオノーラがレオナルドであることを知る数少ない人物である。


「つきましては殿下。ヴァレリー伯爵家は爵位を返上し、私はレオナルドとして生きることに専念したいと思います」

「はあ!?!?!?」

「レオナルドではなくエレオノーラの方を消して、ノアと添い遂げます」

「いやいやいや。えっ、ちょっ本気!? あ、本気だ。いつもの覚悟ガン決まりモードだ」


 いくら戦果をあげたところで、自称伯爵家の庶子が騎士団長に就任することなどできない。

 前任者から内々で話を聞かされたエレオノーラは、身上調査が始まる前にと王族の中で一番話が通じそうなカルロに全てを打ち明けた。


 レオナルドの華々しい活躍はリオルトだけでなく、周辺諸国にも広がっていた。

 英雄の存在に国民は沸き、諸外国は恐れを抱く。

 勝利に終わったが久しぶりの戦争に国は疲弊していた。

 周囲の国を牽制するため、また国民に希望を抱かせるために、レオナルドにはまだ働いてもらいたい。

 とりあえず三年。長くても五年という契約で、カルロはレオナルドの続投を望んだ。

 王族が裏から手を回した結果、身上調査の結果は問題なかったとされた。


 エレオノーラとて、結婚後も今の生活を維持できるとは思っていない。

 立つ鳥跡を濁さず。綺麗に引退してレオナルド・ヴァレリーという存在を消すつもりだった。

 が、しかし。ノアがレオナルドを求めているなら話は別だ。

 代々受け継いだ伯爵家?

 知ったこっちゃない!

 先祖の思いよりも、今を生きる自分の方が大事。もっと大事なのはノアの幸せ。

 領民は安定した生活が送れるなら、領主が誰だろうと構わないのだ。使用人も同じ。


「私は軍人として残りの人生を国に捧げるので、我が領地に新しい領主を手配してください」

「待て待て待て待て!!」

「人選はお任せします。宮廷貴族の中には、領地経営に興味をお持ちの方もいらっしゃるでしょう」

「判断が早すぎる!!!!」

「優先順位がハッキリしてれば、即決即断できるものですっ!!」

「お前はもうちょっと悩め!!!!」


 悩む必要なんてない。これでハッピーエンドだ。

 この部屋を出たら、ノアの職場を訪ねて気持ちを伝えよう。

 そして二人は幸せなキスをした fin.

 ――はい、完璧。


「……お話し中のところ、失礼してもよろしいでしょうか」


 王子の侍従であるエミリオが口を挟んだ。


「ノア様は同性愛者ではない。性別関係なくレオナルド様に懸想された――間違いありませんか?」

「ええ、そのように言ってました」

「ふーん。ノアが言いそうな言葉だな」


 カルロの母親は、ルキウス公爵家の出だ。

 幼い頃からの付き合いなので、ノアのひととなりは知っている。


「ん? 性別関係なく好きになったのなら、女に戻っても好きなんじゃないか?」

「それなら『エレオノーラ』の時に惚れているはずです。『レオナルド』が女になる分には構わないかもしれませんが、それは『エレオノーラ』とイコールではありません」

「せっかく人が希望を与えようとしているのに、当の本人が真っ向から否定してどうする!」

「残念ですが、これが現実というものです」

「それ思っていても、お前だけは言っちゃいけない言葉だからな! ノアのやつは話が通じないタイプじゃない。ことの経緯も含めて、もう全部正直に話してしまえ!」

「そう……ですね。これ以上ノアに隠しごとしてはいけない気がします」


 三年間の年俸。そのうちの半分が先払いされたことで、ヴァレリー家は晴れて借金から解放された。

 負債を抱えていた時と、完済後では状況が違う。


「お二人とも、早計に結論を出すのはいかがなものかと」

「ならエミリオ。お前の考えはどうなんだ?」

「最も穏便に済むのは、エレオノーラ様が、女性としてノア様を惚れてもらうことかと」

「まあ、それができるのなら理想的だな」


 一度は兄に心を移したが、妹と元サヤに戻れば問題ない。

 問題があるとすれば、ノアは長年婚約者としてエレオノーラと交流していたが、彼女に恋をしたことはないという悲しい事実だけ。


「ノア様は除籍覚悟しているくらい真剣なのです。全て打ち明けたところでエレオノーラ様の肩の荷がおりるだけではないでしょうか?」

「……そうかもしれません」


 全部話せばエレオノーラは楽になる。だが急に秘密を押しつけられたノアはどうだ。

 おそらくレオナルドへの想いは、彼の初恋だ。

 初めて愛した人が偽りの存在だった。

 カルロの言ったとおり、ノアは話が通じないタイプではない。きっとエレオノーラの置かれた状況に理解を示して、現実を受けいれるだろう。

 決して怒らず、責めず。深く傷つきながらも、おくびにも出さないのだろう。


「ちなみにその告白ですが、返事を求められているのですか?」

「あ……、その辺は特に何も言っていませんでした」

「気持ちを伝えるだけで満足。その先を望んでいないのかもな」

「私が言えと命じたから告白したのであって、その先の関係どころか元々言うつもりがなかったのかもしれません」


 エレオノーラは喫茶店での会話を思い出しながら言った。


「心の中で想うだけで充分ってやつか。乙女かよ」

「そこらの小説のヒロインよりも、よっぽど奥ゆかしいかもしれませんね。同性故かもしれませんが」


 カルロとエミリオは口々に感想を述べたが、その表情はあまり晴れない。

 最初から叶うと思っていない恋に殉じることに対する、もどかしさや同情心がそこにはあった。


「とにかくレオナルド様の正体を話すのは、一旦保留にしましょう」

「レオナルドに惚れた理由を調べて、それを上手く利用すればいい線いくかもな。外見は同系統なんだし」

「中身も同系統というか、中身こそ同一なはずなんですが」

「いや。だいぶ違うぞ」

「ええ。だいぶ違います」


 主従はほぼ同時に即答した。


「そんなはずはありません。どんな姿だろうとノア一筋」


 胸を張るエレオノーラに、二人はため息をついた。


「その気持ちを表に出して、ノアを押しつぶしそうな勢いなのがエレオノーラ。押し隠して、いずれ親戚になる相手として接しているのがレオナルドだ」

「え――?」

「気持ちを言葉にするのが悪いとは申しませんが、エレオノーラ様の場合は少々……」

「は――?」


 苦虫をかみつぶしたような顔で言われて、固まった。


「もしかして全部裏目に出てたってことですか?」

「それが効くヤツもいるんだろうが、ノアは違ったんだろうな」


 従兄弟ではあるが、恋バナをするような仲ではない。

 エレオノーラの愚痴を聞いたことはなかったが、そもそも話題に上がることがなかったので彼が婚約者の少女についてどう考えていたのかカルロは知らない。

 だがノアがエレオノーラの話をしなかったことで何となく察しはつく。


「昨日の今日なら、まだ両親に話してはいないだろう。公爵夫妻への報告を遅らせることくらいは協力してやる」

「ついでにエレオノーラのどこがダメだったのかも聞いてください。自分ではちょっと……耐えられそうにないので」

「あまりオススメできませんね。短所ではなく、長所を伸ばす方がいいと思いますよ」

「地雷くらいは確認してやるが、聞かれたところでペラペラ喋る男じゃないから望み薄だと思ってろ」

「はい……」



 エレオノーラが退出し、完全に扉が閉まったのを確認したカルロは、傍らに立つ男に「なあ、どうなると思う?」と聞いた。


「あの方はノア様のことになると、たちまちおかしくなられるので予想できません。今日だって本気で腹をくくっていらっしゃいましたしね」

「そうなんだよなぁ。これ以上こじれなければいいけれど」

「無理でしょうね」


 両想いなのに、致命的に片想い。

 提案しておいてなんだが、エミリオはあのノアが簡単に想い人を変えるとは思えなかった。


「そういえば、お前の家は領地を持っていなかったな」


 カルロも従者と同じ考えに至ったようだ。


「伯爵領をというお話でしたら、謹んで辞退させていただきます」


 エレオノーラは言わずもがなだが、ヴァレリー伯爵領の人間も大概おかしい。

 あんな厄介者だらけの土地を押しつけられるなんてごめんだ。

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