今後の方針を決めたエレオノーラは、ノアを呼び出した。
レオナルドとしてではなく、婚約者から元婚約者になろうとしているエレオノーラ・ヴァレリーとしてだ。
先日のことで負い目があるのか、彼は二つ返事で応じた。
「ノア。忙しいのに、時間をとってくれてありがとう」
「エレオノーラ……。婚約の件だが、手紙で済ませていい内容ではないので、領地にいる両親に直接話す予定だ。休暇の申請をしているが難航している」
カルロが早速手を回したようだ。
「そうなの。公爵領との往復なら三週間は欲しいわよね。ノアの役職を考えると、それだけの長期休暇はなかなか通らないかもしれないわね」
エレオノーラは素知らぬ顔で相槌を打った。
「……私もあれから色々と考えたの」
彼女が婚約解消を拒否すると思ったのか、ノアの顔に緊張が走った。
「責めるつもりも、縋るつもりもないわ。私はノアには幸せになって欲しいの。あなたの気持ちはちゃんとわかってるわ」
そう。理解したが、諦めるつもりはない――!
「エレオノーラ……」
「ねえ。心の整理をするために、想い人のどこに心惹かれたのか教えてくれない?」
「レオナルド様から聞いていないのか?」
「どうして兄が出てくるの? もしかしてあの人に恋愛相談でもしていたの?」
明らかになっていなければ、ないのと同じだ。
兄が妹の婚約者を奪ったという醜聞にしないために、エレオノーラは何も知らないふりをした。
「……いや。気にしないでくれ」
「二人が親しいなんて知らなかったんだけど、もしかして私に気を遣っていたの?」
同じ屋敷で生活しているが、世間的に二人は異母兄妹だ。
周囲は気を遣っているし、エレオノーラもブラコン・シスコン設定にはしていない。
「……君の婚約者だったから、気にかけてくれていただけだ。この先はどうかわからないが」
こみ上げてくる感情を飲み込んだのか、喉仏を上下させる。
(あ……)
そんな顔をさせたくて言ったわけじゃない。
ただノア視点でレオナルドとの関係を確認したかっただけだ。
「私は兄の交友関係に口出しする気はないわ。どんな相手と付き合うか、もう自分で判断できる年齢だもの。私のことなら気にしないで」
「……ああ」
ノアは微笑んだが、無理をしているのは一目瞭然だ。
「話が逸れちゃったわね。それで。どんな方なの?」
「……コンパスの針のような人だ。鋭く、強く、どんな場所に置かれようと迷わない。どんなに判断が難しい状況でも優先順位を見誤らず、些細なことに気を取られたりしない。部下が失敗しても責めるのではなく、何が問題だったのか瞬時に分析して作戦を立て直すような方だ」
「立派な方なのね。でもそれは恋愛対象というより、理想の上司像みたいだわ」
初めて出会ったときから、エレオノーラはノア至上主義だ。
故にノアが関与しないことはすべて些事なので、やっかまれようと嫌がらせされようとなんとも思わない。
任務が成功しなければ金が手に入らないのだから、部下を詰るよりも問題解決に全力をつくしていたに過ぎない。
エレオノーラもレオナルドも行動原理は同じなので、やっていることは変わらない。
(ノアったら、もしかして尊敬や憧憬を恋慕と勘違いしてない?)
言語化されたレオナルドへの想いに、一縷の望みが生まれる。
「理想の上司と言われているし、俺もそう思っているが、それだけじゃないんだ……!」
戦時中は娯楽が少ないので、人はちょっとしたことで楽しもうとしていた。
簡単に大勢が盛り上がれるものとして、人気投票が流行っていた。
レオナルドは『理想の上司ランキング1位』の座を三年連続維持して、今は殿堂入りをはたしている。
「そうなの? でもノアの説明からは、異性としての魅力じゃなくて、人間性が優れていることしかわからなかったわ」
「異性……そうか、そうだよな」
ノアが自嘲するように顔を歪めたので、エレオノーラは慌てた。
レオナルドに懸想していることは知らない設定なので、異性と言っただけで他意はなかったのだ。
彼女は同性愛に対して特に思うところは無い。性別も嗜好の一種だと考えている。
「もっとプライベートというか、どんな雰囲気なのか知りたいわ。パッと思いつく言葉を言ってみて」
「セクシー&ワイルド」
予想外の言葉に思わず、おっふと言いそうになったが寸前で踏みとどまる。
目の前に座る男はといえば、自分で口にしておいて恥ずかしいのか白い頬を上気させて俯いた。
かれこれ二十年近い付き合いになるが、初めて見る可愛い姿にエレオノーラは動揺した。
(そんな表情初めて見るんですけど! セクシーはともかくワイルド!? 一体どうしろと!?)