セクシーな女性というのは、なんとなくイメージできる。だがワイルドを女の身で再現するのは至難の業だ。
ワイルドな女なんて、密林に住まう狩猟を生業とする女傑一族か、下町の肝っ玉母ちゃんしか思いつかないが絶対に違うだろう。
婚約者の見たことのない一面に悶えつつ、エレオノーラは内心頭を抱えた。
ボロが出ないように、レオナルドになっている間は男らしさを意識して振る舞っている。
おそらくワイルド云々はそこからきたんだろう。
おかげで性別を疑われるどころか『抱かれたい男ランキング1位』『恋人にしたい男ランキング1位』『結婚したい男ランキング1位』『男が選ぶイケメンランキング1位』etc.と男の格付けランキングを占拠している。
「ええと。ワイルドってちょっと想像が難しいかな……。別の表現でお願いします」
今日の目的はノアの好みを知り、今後に活かすことだ。
参考にならない意見を持ち帰っても意味がない。
「クールでホット」
ポポポッと音が聞こえてきそうなほど顔を赤らめたノアがモジモジしている。可愛いかよ。
「つまりクールな性格だけど、熱い心を秘めている的な意味?」
「そうだ」
性別だけでなく身の上も偽っているので、余計なことを言わないようレオナルドはプライベートについて極力語らないようにしている。
適当な嘘をついてしまうと、それに関して突っ込まれたときに更に嘘を重ねることになる。
嘘が多くなれば、バレるリスクも高くなる。
相手にしてみれば、そっけないというかクールな印象を与えるだろう。
(熱い心というのは、もしかして戦地で我武者羅に働いていた時のこと?)
借金返済とは別に、エレオノーラは少しでも早く終戦の日を迎えるよう尽力していた。
ただでさえ長引いていた戦争。戦況が悪くなれば、魔導師を前線に出す案が出てくるだろう。
ノアは公爵子息だが後継者ではないし、魔導師としての腕はトップクラスだ。
勝手な考えだが、エレオノーラはノアに人を殺させたくなかった。
彼が戦場で戦うとなると、間違いなく敵国の兵士を大量に屠る結果になる。
エレオノーラのように、相対した敵を切り伏せるのとは規模が違う。
「外見はどうなの? こういうところにグッとくるとかある?」
「……その。袖を捲ったときに見える手首とか、髪を掻きあげて普段見えない額が見えた時とか……。君相手に、一体何を言ってるんだろうな。忘れてくれ!」
「いいえ! もっと聞かせて!」
上気した顔を手で仰ぎながら、ノアは話を切り上げようとしたが、エレオノーラは食いついた。
今までの概念的な話よりも、具体的なぶん参考になる。
「それなら。……ハンカチを持ち歩くのを面倒くさがって、汗を服で拭うんだがその時に脇や腹筋が見えるんだ。心臓に悪いから止めてほしい。あとすぐ胸元のボタンを外す癖。目のやり場に困る!」
あかん。
愛しの婚約者様は、完全に男の体に性的魅力を感じている模様。
(同性愛者じゃないって言ったのに! いえ。もしかしたら、そういうフェチなのかも!)
性別関係なく、普段隠れている部位が露わになるのにドキドキするタイプなのかもしれない。
(それに単なる手首フェチ、額フェチ、脇フェチ、腹筋フェチ、胸元フェチかもしれないし!)
自分で言っておいてなんだが、相当苦しい言い訳だ。
とにかくエレオノーラでも再現可能か確認だ。
「あっ――!」
エレオノーラはグラスに手を伸ばすと、さり気なく袖を濡らした。
「この歳になって零しちゃうなんて、はしたなくて恥ずかしいわ」
わざとらしい言い訳をしながら、袖を軽く捲って見せた。
「焦って汗をかいちゃったみたい」
そしてすかさず髪をかきあげる。
手首チラリからの額チラリ。さあどうだ!
「変な話を聞かされて動揺したんだろう。聞かれたからといって、考えなしに答えた俺が悪い。すまない、配慮が足りなかった」
困ったような笑みを浮かべたノアが、ハンカチを差し出してきた。
(優しい! 好き!)
しかし作戦は失敗だ。レオナルドの姿を思い浮かべながら語っていた時との差がすごい。
「ねえ。ノアはその方と、どうなりたいの?」
不意に先日のカルロ達との会話を思い出した。
ノアの幸せを優先するならば、まず彼の望みを確認するべきだった。
「……結婚できないのはわかってる。恋人になれたら嬉しいが、たぶんそれも難しいだろう。俺の気持ちを拒否しないでくれただけで、充分幸せなことなんだ」
「……」
くしゃりと顔を歪める姿は、団長室で告白したときとは違って痛々しい。
「誰かと付き合っているという話は聞かないが、表沙汰になっていないだけか時間の問題だろう。その時が来たら、俺のことなど気にせず幸せになってほしい」
「ノアは……それでいいの?」
「ああ。俺の気持ちは、この先も変わらない自信がある。この想いを抱えて、だれかと結婚するような真似はしたくない」
「そう」
「好きな人と結婚できないなら、一生独り身でいたいんだ。こんな考え貴族として失格だから、放逐されても仕方ないと思っている。ごめん、エレオノーラ……」
そんな諦めきった顔で笑わないでほしい。
「わかったわ」
切ない恋もあるだろう、苦しい恋もあるだろう。全部等しく恋心だ。
だがノアには心が満たされるような、胸がくすぐったくなるような恋をしてもらいたい。
エレオノーラは彼と婚約してからずっと幸せだった。だから彼にも同じ気持ちを知ってもらいたかった。
好きな人がいるというのは素晴らしいことだ。
片想いだろうが、両想いだろうが関係ない。
その人のことを考えるだけで、毎日が楽しくて、世界がきらめいて、心が躍るものだ。
「ノアの気持ちは、痛いほどよくわかったわ」