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第13話 TS執事とお腐れメイド

「いや、じいちゃん冗談キツいって。じいちゃんは気にしないかもしれないけど、オレは嫌だよ」


 ブライアンの孫のアルフレッドは、今年十五歳になったばかりの少年である。

 たっぷりとした焦げ茶色の髪と瞳。黒目がちな瞳はつぶらで、平均よりやや低い身長が彼を年齢より幼く見せていた。


「貴様! 主人に身を捧げることもできず何が使用人か!」

「じいちゃんは極端過ぎるんだって! 自分の身を捧げる分には好きにしなよって感じだけど、勝手に家族を巻き込むのは違うだろ」


 アルフレッドとて、エレオノーラのことは尊敬している。

他の家の噂を聞く度に、自分はヴァレリー家の使用人で良かったと思う。

 生活に困らない給料、明瞭な評価基準と昇給、利用しやすい福利厚生。

 他所の貴族家だと一日二十時間とか馬鹿みたいな長時間勤務とか、呼び出しベルが鳴ったら深夜だろうと早朝だろうと駆けつけろだなんて無茶苦茶な現場もあるらしいが、ヴァレリー伯爵家は違う。

 不透明な給与形態と、上司の胸三寸で決まる評価は仕事に対するモチベーションを削ぐ。長時間拘束は集中力を欠くし、生活リズムを崩す仕事を続ければ寿命が短くなるというのが理由だ。


 だがいくらお仕えするお嬢様の為とあっても、残りの人生を女として生きるなんて嫌だ。


「ええい、そこに直れ! その軟弱な性根をたたき直してくれる!」

「……レオナルドの正体が露見したら、国の威信にも関わるわ。本人が乗り気でないのなら、アルフレッドへの移譲は無しよ」

「え――?」


 あっさり諦めたエレオノーラに、アルフレッドはいささか拍子抜けした。


「当然だろう。今やレオナルド様は国防の象徴。もし魔導具で性別を変えた貴族令嬢だと知れ渡れば、国の面目は丸つぶれだ。使用人も共犯と見なされ、この国でまともな生活は送れまい」


 理解が足りない孫にブライアンはため息を吐いた。


「そんな……」


 アルフレッドは愕然とした。


「巻き込んでしまってごめんなさい」


 祖父と孫のやり取りを見ていたエレオノーラは、目を伏せた。


「いいえ。先代が残されたものとはいえ、若い主人がお一人で借金を返そうとするのを我々は止めませんでした」

「ちゃんとあなた達は反対したじゃない。押し切ったのは私よ。主人がこうと決めてしまえば、使用人であるあなたたちは逆らえないんだから不可抗力だわ」

「止めきれなかった時点で共犯者です。それに結局はお嬢様のご活躍を喜び、受けいれておりましたので言い逃れはできますまい」


 心配する気持ちは常にあったが、戦況について報道がある度にレオナルドのあげた功績に胸を躍らせていた。


「さすが我らのお嬢様だ」と讃えていたのだから同罪だ。

「その、オレ……」


 どんどんシリアスな空気になり、切っ掛けとなったアルフレッドはたじろいだ。

 そんなつもりではなかった。


「屋敷の人間に募集をかければ、女になりたい男の一人や二人いるかもしれないしね。もしいなければ、共犯のカルロ王子に頼むわ。望まぬ重荷を背負わせるつもりはないから安心なさい」

「いやその。オレは女になるのが嫌なんじゃなくて、女になったら可愛い彼女とか奥さんとか、そういうのとは縁がなくなるのが嫌なんであって……」


 アフルレッドは年頃の男子だ。年相応に異性に対する興味がある。

 可愛い恋人を作ってイチャイチャしたり、ゆくゆくは結婚をとか考えている。

 一時的に女になるくらいなら、仮装と変わりないので抵抗はない。

だがずっと女として過ごすなら、その辺りが難しくなりそうだというのが、後任を拒否した最大の理由だ。


「ならばその辺りに寛容な方を探されたら良いのでは?」


 アルフレッドがモゴモゴと言い訳していると、お茶の用意をしていたメイドのローズマリーが口を挟んだ。


 ローズマリーは二十代前半だが、その優秀さでエレオノーラ付となったメイドだ。

 その名の通り薔薇のような紅の髪の持ち主だが、華々しさとは対局な女性である。髪色以外は地味一辺倒で普段から存在感が希薄だ。

 本人もよく「私は壁になりたい」とか言っている。さすがに壁は無理だが、家具くらいには存在感を消すことができる。


「ローズさん。そんな無茶な」

「おりますよ」

「え?」

「世の中には色んな趣味嗜好の方がおりますので、無茶でも無謀でもございません」


 冷静沈着なローズマリーは、顔は整っているのだが無表情で人間味が薄い。

 じっと見つめられて、アルフレッドはたじろいだ。


「そうは言うけど、実際に探すとなると難しいんじゃ……」

「わたしの趣味の集まりの場では『性別変わるとか一人で二度おいしいじゃん。最高か』などと言うであろう妙齢のご令嬢がゴロゴロおります」

「ゴロゴロいんの!?」


 そんな個性的な人間が集うなんて、どんな趣味なんだ。

 というかローズマリーに趣味なんてあったのか。

 趣味の集まりでも、今のように淡々としているのか。

 色々と気になったが、アルフレッドはそれ以上に豪気すぎる発言に驚いた。それ本当にご令嬢か?


「えぇ。こう言っては失礼ですが、アルフレッド様は見た目も中身も凡庸。男としては魅力にかけ、恋人を募集したところでチラ見してスルーされるのが関の山かと」


 よく言えば庶民向け娯楽小説の主人公タイプだ。外見も性格も十人並みで、特技もなし。

 物語であればそんな平凡な男に、周りが一目置くような美少女たちが絡んでいくのだが、現実は美少女どころか行きつけの店の売り子にすら認知されない日々。


「ひでぇ。そんなにハッキリ言わなくてよくないですか!?」


 アルフレッドは涙目で叫んだ。

 先日たまたま町中で店の看板娘に会ったので挨拶したら、きょとんとした顔をされたことを思い出してしまったではないか。

 そうですか、オレのこと覚えてないですか。週5で通ってるのに記憶に残ってないですか。


「ですがそこに、性転換要素を足せばあら不思議。私の知り合いだけでも確実に4、5人は引っかかりますよ」

「マジですか!?」


 リアルな数字に、アルフレッドは思わず食いついた。


「どうでしょう。試しに一度ブライアンさんの代わりを務めてみるのは」

「うっ……」

「失礼ですが今までお付き合いされた方は何人ですか? 今現在、好いた女性や、ご結婚の予定はあるのですか?」

「ううっ……」


 ローズマリーに容赦なく詰められて、アルフレッドは顔を歪めた。

 酒も煙草も賭け事もしない。女性にだらしないわけでもなければ、不潔でもない。歴史ある伯爵家で上級使用人として勤めている家柄の出身で、条件的には悪くないはず。

 なのに、彼女いない歴=年齢。

 このままだと平民なのに、独身貴族コースまっしぐら。


「まずはお試しで数時間」

「で、でもなんて説明すれば……」

「お嬢様と性別を交換されていることは伏せ、魔法トラブルで変わった体質になったことにいたしましょう」


 ラブコメにありそうな設定だ。


「ちょっ、ローズさん。顔近いって」

「きっと世界が変わりますよ」

「いやでも」

「ちょっとだけです。たった数時間試したところで失うものなんてないでしょう」

「ちょ、ちょっとだけなら……」


 無表情でぐいぐい攻めるローズマリーに、アルフレッドは押し切られる形で陥落した。



 髪の長い貴婦人は、寝ているときに髪が絡んでしまわないよう、緩く三つ編みにしてナイトキャップをかぶる。

 ローズマリーは、乾かしたエレオノーラの髪に香油を馴染ませて丁寧にブラッシングすると、手早く髪を編んだ。


「お嬢様。この度のご決断、わたくしは全面的に支持いたします」


 主人の寝支度をしながら、ローズマリーがおもむろに口を開いた。

 鏡越しに主従の視線が絡み合う。


「ローズマリー……」

「愛する方のために性別を変えるなど、なかなかできることではございません。そこまでたった一人を愛することができるのも、それほどまでに愛されるのも幸せなことと存じます」

「そ、そう言われると気恥ずかしいわね」


 使用人たちに反対されるとは思っていなかったが、ここまで手放しで褒められると戸惑ってしまう。


「つきましては、より完璧な男性としてノア様との仲を進められるよう、参考文献をお持ちしました」


 どこから取り出したのか、ドンと大量の本を取り出した。


「多くない!?」

「そんなことはございません。厳選に厳選を重ねた、わたくしのオススメベスト30です」

「30冊もあるの!?」

「30/1500なのですから、今ここに並んでいるのは50倍の確率を勝ち抜いた珠玉の名作です」

「その1500という数字はどこから来たの!?」

「わたくしの蔵書です」

「す、凄いわね。ローズマリーがそこまで読書家だったとは知らなかったわ」

「秘密の趣味でしたので」


 キッパリ言い切るとローズマリーは、いそいそとご自慢のコレクションをベッドサイドに並べた。


「多いと感じられるかもしれませんが、一冊あたりのページ数は市場に出回っている冊子の半分以下ですので読みやすいはずです。きっとお役に立つことでしょう」

「あ、ありがとう。時間があるときに読ませてもらうわ」

「すべて胸を張ってオススメできる作品ですが、特にこの辺りを優先してご覧いただけますと幸いです」


 シリーズものではないようだが、いくつかはタイトルに共通した単語が使われている。


「アルファ? オメガ? 登場人物の名前ではないのよね。トムとサムじゃなくて、ドムとサブ?」

「早速興味を持っていただけて光栄です」


 エレオノーラの返事に、メイドはほんのりと口元を緩めた。

 相変わらず表情は薄いが、心なしか瞳が輝き微笑んでいるようにみえる。

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