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第17話 お前なんて知らん

「――……つまりお家デートですね」

「えっ!? デデデデート!?」

「何故そこまで動揺されるのですか。婚約者として幼い頃から何度もお招きしていましたが、公子と一対一で過ごされた時間はすべてデートですよ」


 職場に服を持って行くよりも、王都にある屋敷に来てもらって実物を見てもらった方がいい。

 来客があるならそれ相応の準備が必要だ。

 ノアが訪問予定あることを告げたところ、ローズマリーはデートだと断言した。無表情なのはいつも通りだが、心なしか目が輝いている気がする。


「その。あれは婚約者としての交流って感じだったから、ちょっと違うというか……」

「立場が先行していたので、仕事というか一種の義務のように感じてらっしゃったんですね」

「そうかもしれないわ」


 ノアと一緒に過ごせるのは嬉しかったが、外での逢瀬も含めて役目を果たしている感があったのは否めない。


「となると、今回は告白してきた相手が個人的にお家訪問した形ですね」

「うっ。そ、そうね……」


 ローズマリーに「告白してきた」と表現されて嬉しくもあり、恥ずかしくもある。


「ご安心ください。お二人にとって忘れられない記念日となるよう、万全に準備いたします」

「記念日!? 忘れられないって何をするつもり!?」

「それは当日のお楽しみです。腕によりをかけますので、ご安心ください」


 冷静になって考えれば、ノアとはまだ恋人でもなんでもなかった。

 エレオノーラとの婚約は、当人同士が解消の認識でいるだけで、世間的には婚約関係を維持している。

 それにレオナルドは、告白に対してちゃんと返事をしていない。ノアが気持ちを宣言しただけの状態だ。

 ポジション云々よりも、先ずはそちらをどうにかすべきだろう。



 ノアの伯爵家への訪問日がやってきた。

 初夏の青空に気分が明るくなり、爽やかな風が吹き抜けると思わず外に出かけたくなる。

 馬を走らせながらエレオノーラは、用事が終わったら四阿でノアとお茶しようかと考えた。


(でも男同士でお茶って普通なのかしら?)


 男女、あるいは女性同士だったら普通のことだが、生まれついての男でないエレオノーラには男同士の付き合いがよくわからない。

 戦地では酒とカードゲーム、あるいは手合わせで時間を潰している人間が多かったが、あれは特殊な環境だった。

 屋敷で働く同世代の使用人から話を聞いてみたものの、身分が違えば生活も違うので参考にならないだろうと言われてしまった。それはそうだ。


 今日は王宮にある練兵場で半日勤務だったので、仕事を終えたエレオノーラは愛馬に飛び乗り急ぎ帰宅した。


(男は騎乗で移動できるから楽よね)


 町中でスピードを出すことはできないので移動速度は大差ないが、馬車を繋ぐ手間がないので時間短縮になる。

 女だとこうはいかない。

 自然溢れる郊外ならまだしも、王都で貴婦人が騎乗していたら衆目を集めただろう。


(思ったより長引いちゃったわ。それもこれも練兵場が遠すぎるのがいけないのよ!)


 長く続いた戦争で多くの兵を失ったので、今は国の各地で軍を再編して慣熟訓練をしているところだ。

 王宮の敷地は広い。都市2個分の敷地面積なので、城内での移動時間が思いの外かかってしまった。

 はやる気持ちを抱えたエレオノーラが自宅の門を潜ると、ちょうど車止めにルキウス公爵家の馬車が止まったところだった。


「ノア! 悪い、遅くなった!」

「レオナルド様、お疲れさまです。申し訳ございません、少し早く来てしまったようです」


 本当はエレオノーラが遅れたのだが、ノアは自分が早過ぎたことにした。


「そんなことはない。こんな恰好で申し訳ないが歓迎しよう」

「俺のことは気にせず、着替えてきてください。今日は他に予定もないので、急がれる必要はありません」

「いや、しかし――」


 着替えるために待たせるのと、汗をかいているのに着替えもしないで対応するのとではどちらが失礼か。エレオノーラは一瞬考えて、着替えることにした。

 男だろうと女だろうと汗臭い姿で、好きな人に近づきたくない。


「心遣いに甘えさせてもらおう。すぐに終わらせるから、部屋で待っていて欲しい」



 女の姿であれば着替えといえばヘアセットと化粧直しも含まれるのだが、今日は始終【レオナルド】として対応する。

 エレオノーラは領地の仕事で、留守にしている設定だ。

男であるレオナルドの着替えは水で絞った布巾で顔と身体をさっと拭いて、普段着に着替えるだけで終わった。

 有能なメイドのローズマリーが着替えを用意して待ち構えていたので、時間にして十分もかからなかっただろう。


 現在この屋敷に住む伯爵家の人間は、エレオノーラとレオナルドのみということになっている。

 エレオノーラの領域とされているのは当主の執務室と、子供の頃から使用している私室。

 レオナルドの場合は、応接室と寝室が扉で区切られた部屋ということになっている。

 今まではレオナルドとして誰かを家に招いたり、帰宅してもレオナルドのまま過ごすことはなかったが、気を抜いてボロが出たら困るので形だけ用意していたのが幸いした。


(まさか初めての来客がノアだなんてね)


 実際に使用していないので、記憶の通りであるならば殺風景というか、生活感の希薄な部屋だ。それらしく演出しておくとローズマリーが言っていたので、きっと大丈夫だろう。

 あれこれ考えながら廊下を歩いていたら、部屋の前を通り過ぎてしまい慌てて戻った。


「ノア。待たせ――誰だ」


 部屋に入ると、見知らぬメイドがノアの給仕をしていた。

 ノアが返事をするよりも早くエレオノーラはソファを飛び越え、見知らぬ女の腕をねじり上げた。


「いだだだだだ痛、痛いですっ! ギブギブッ!」

「どうやって当家に忍び込んだ。ノア、出されたものに口をつけてしまったなら言ってくれ。今すぐ医者を呼ぶ」

「え?」

「我が家にこんな使用人はいない」


 エレオノーラが断言すると、状況を悟ったノアの顔色が変わった。

 雇用主であるエレオノーラは、使用人全員の顔を覚えている。

 臨時の下っ端だろうと、信用に足る人物からの紹介だろうと、ヴァレリー伯爵家では例外なく採用前に面接を行うようにしている。だが目の前の女を雇った覚えはない。

 横目でテーブルの上を確認するが、幸いにもまだ手を付ける前だったようだ。男の身支度の短さに感謝だ。


「ちょちょちょ! 待ってください! オレ――じゃなかった、わたしです! ローズさんが、前に数時間だけお試しって言ったじゃないですか!」

「は? 何を言って――ん!?!?」


 この屋敷でローズマリーを「ローズさん」と呼ぶのは、アルフレッドだけだ。

 エレオノーラは目を見開いて、小柄な少女をまじまじと見つめた。

 華奢な体型と小作りな顔。大きな瞳に小さな鼻、華やかさはないが小動物のように愛らしい美少女だ。


「……まさかお前」

「アルフレ――じゃなかった、アルフィーです! 祖父は執事のブライアン!!」

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