爽やかな潮風を感じる遊覧船。
新婚旅行としては最高のロケーションだと思う。
私はレースの目隠し装備状態で乗船した。
すると、しばらくしてとある少女の帽子が強風に攫われた。 年齢は15歳くらいに見える。
「ああっ! お父様に貰った形見が!」
慌てて舟の縁に駆け寄り、身を乗り出してまで手を伸ばす少女。
「あ! 危ない! ピア! 舟から乗り出すのは止めなさい! 手遅れよ!」
「だってお母さま! お父様の形見が!」
なんと運悪く飛ばされた帽子は、父親の形見!
女の子は泣いているし、気の毒だ……。
私は力になれないかと周囲をキョロキョロと見渡したら、見つけた!
「ジュリウス様……舟が止まってる間に、ほら舟のマストに海鳥が止まっていますし、私に鳥が使役できるなら、ジュリウス様にもできるのですよね? あの海に落ちた帽子を取ってあげられませんか? 頭の中で命じるだけでいいとおもうので」
私は背伸びして、ジュリウス様の腕を引き寄せ、小声で、そう話しかけた。
「そんな使い方はした事がないが、やってみるか」
ジュリウス様はマストに止まった白い海鳥を金色の眼で見つめ、脳内で命じているようだった。
すると海鳥がふわりと飛び立ち、海面に浮かぶ花飾りのついた帽子を上手に脚でキャッチして、ジュリウス様の方に持ってきた!
やったわ! 成功!!
「ほら、返してやって来るといい」
帽子を手に、私の前方にだしてくる。
さあ受け取れ、と言わんばかりに。
「私がですか? せっかくジュリウス様が取り返したのに」
「私は妻との新婚旅行で妻の願いをきいただけだ、他の女と無駄に関わるつもりはない」
ひっ! かっこいい!!
「そ、そうですか、では私から返して来ますね」
女の子がぽかんとした顔でこちらを見てる。
「どうぞ、あなたが落とした帽子です。濡れてしまいましたが、大切な形見なのでしょう?」
「は、はい! ありがとうございました! 私はピア、フォルテアと申します」
彼女は帽子が海水で濡れているにもかかわらず、それを受け取り、抱き締めた。……服が濡れるのも構わずに。よほど大事なのね。
「お気になさらず」
私はそれだけ言って、気分を良くしてジュリウス様の所に戻ろうとした。
その瞬間、拍手しながら近寄る帽子を被った背の高い男性がいた。
帽子を跳ね上げた男性の顔に見覚えがありすぎた。
「いやあ、セシーリア嬢は本当に優しいね」
「こ、皇太子殿下にご挨拶申しあげます。それと私は既婚者ゆえ、嬢ではなく、カダフィード夫人とお呼びください」
なんでこんな所にピンポイントで皇太子が現れたの!?
「失礼、カダフィード夫人。その白いワンピースドレス、とても似合っているね。あまりにも可憐な姿だったので人妻と言うことを忘れていたよ」
「お戯れを……」
皇太子がつめよってきて、前屈みで私の顔を覗き込もうとするので、思わず後退りする私。
「ふむ、やはり見立て通り、顔の造作自体はとても綺麗だ。メイクがとんでもなかっただけで、ところでそのレースの目隠しは何かな?」
いちいちうるさい!
「た、太陽の強い光に弱いので、今は夏ですし」
「へえ? それで前はちゃんと見えるのかい? 見えにくそうだ」
「大丈夫です、特殊な魔法がかけられています」
「ふーん」
「皇太子殿下、新婚旅行中の我が妻を口説くようなセリフはひかえてください」
ジュリウス様!! 助けに入ってくださった!
「素敵なレディがいたら褒めるのが紳士のたしなみってものだろう」
「人妻に近寄りすぎです」
そう言ってジュリウス様は射るような眼差しで皇太子と目を合わせてから、その広い背に私を隠してくれた。
「夫人のお見舞いに行こうとしてたんだが、元気になったようで良かったよ」
「おかげ様で……では、我々は新婚旅行の最中ですので、これで失礼します」
「セシーリア! 美しいカナリアよ! きっといつか私の茶会かパーティーに来てくれよ!」
何を言ってるの、この人!!
私はあまりの事に青ざめる。
皇帝の代わりに皇太子に目をつけられてる!
けれど、皇太子という名前が聞こえたせいか、同じ船にいた貴族達が挨拶のためにやつの周囲を取り囲んでくれたので、この隙に距離をとった。
「まさかここで皇太子と遭遇するとはな……」
「も、申し訳ありません」
「そなたが謝ることではない」
とは言ってくださったけど、楽しい気分が皇太子のせいで急に盛り下がった。
果たしてあの男がここに来たのは偶然だったのかしは?