そもそもその女は生贄だった。
銀色の髪、緑色の瞳の、美しい娘。
魔物の多い地域にある村より来た。
「偉大なるドラゴン、貢物を差し上げますので、我々の村を他の魔物から守ってください」
俺は
竜の中ではまだ若造の部類ではあったが、意志の疎通は可能だった。
村人はか弱い人間だった。
百歳も生きられない、弱き種族。
ソレに、最初は貢物を贈るから守って欲しいと言われた。
果物、穀物、動物の肉。
そんなものばかりだったのに、手強い敵がたまたま現れ、手傷を負った。
それはドラゴンさえ手をやく、吸血鬼の
闇夜において、無類の力を誇る吸血鬼。
夜明け前まで粘って、双方かなりの傷を負った。
この俺すらも、足と翼から、血を流した。
その時は人間が貢物として出された。
古来より見目の美しい人間の女を喰らえば、魔力と力が満ちると言われていたからだろう。
成る程その娘の容姿は、美しかった。
けれど、足が悪そうだった。片足を引きずっていたから。
生贄に選ばれるなど、哀れな娘だ……。
そう思った。
けれど、娘は、誰かを恨むこともなく、私の傷が痛そうだと、気が紛れるかもしれないと、歌を 歌ってくれた。
──それは……とても美しい、生を喜ぶ、春と夏の歌だった。
歌の贈りものは……初めてだった。まるで音に抱かれるような、不思議な感覚。
それはとても心地よく感じた。ずっと聞いていたくなるほどに……。
そして、俺はふと娘の足にある包帯が気になった。
「その足、どうした?」
生贄が逃げないよう、村の人間からアキレス腱でも切られたのか?
「昔、ゴブリンの襲撃があって、ゴブリンの武器で」
「ゴブリンに……汚されたのか?」
我知らず声が低くなった。
「じゅ、純潔のことであれば、ギリギリ人に助けてもらえたので大丈夫です……でも足が悪くなって、私は役立たずになりました」
少女は恥じ入った様子で、包帯の巻かれた左の足首を軽く己の手で擦った。
「歌が歌えるではないか」
「私は足がこんなで機敏に動けないので、
「美しいのに? 誰も妻にしようとはしなかったのか?」
「父が戦争で亡くなってから、母は娼婦になりました。夫を亡くした女の選択肢は少ないので、体を売ってでも、育ててくれた母には感謝しています。でも娼婦の娘と結婚したがる人はあまりいません」
「……それで生贄にされたのか」
「よく働ける人の方が重宝されるので、農村に必要なのは主に労働力ですし」
「お前を、生贄に選んだ村人を恨んではいないのか?」
少女はサラサラの銀色の髪を揺らし、頭を振った。何故かその髪に触れてみたいと思った。
「村の役にたてば、病の母の治療をしてれるそうですから……」
「俺に食われててもいいと?」
「それをお望みならば……」
少女は澄んだ瞳で、その運命を静かに受け入れているようだった。
己の母への愛……か。
「お前は……歌が上手いから、しばらく生かしておいてやる」
「ありがとう……ございます」
娘は意外そうに目を見開いた。
新緑のような緑の瞳が、私を捕らえた。
ドラゴンである私を見ても、震えもしない。
おかしな女。
新緑の瞳を持ち、生の讃歌を歌うのが、ドラゴンへの生贄とは、なんとも皮肉なものだ。
──そして愚かにもこの時、私は気がつかなかった。
呪いにも似た、愛というやっかいものに、これより深く長く囚われることに。
それはまるで……翼を引き裂かれ、大地に鎖で縛り付けられた、
そうして少女としばらく一緒に過ごしているうちに、竜体から人形を取ることが可能になった。
角とゴツゴツした尻尾はついたままだったが、ほぼ人形と言える姿だった。
俺は彼女を、愛した。
失った時、嘆き悲しむ程に深く。
そしていつか、彼女が生まれ変わったなら、必ず見つけてみせると誓った。
我が竜の花嫁を。