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第43話 竜と生贄の少女

 そもそもその女は生贄だった。


 銀色の髪、緑色の瞳の、美しい娘。


 魔物の多い地域にある村より来た。




「偉大なるドラゴン、貢物を差し上げますので、我々の村を他の魔物から守ってください」


 俺はよわい、300歳を超えたドラゴンだったので、人間との会話も可能だった。

 竜の中ではまだ若造の部類ではあったが、意志の疎通は可能だった。   


 村人はか弱い人間だった。

 百歳も生きられない、弱き種族。

 ソレに、最初は貢物を贈るから守って欲しいと言われた。


 果物、穀物、動物の肉。

 そんなものばかりだったのに、手強い敵がたまたま現れ、手傷を負った。


 それはドラゴンさえ手をやく、吸血鬼の真祖しんそから直接血を分けられた使徒の吸血鬼だった。


 闇夜において、無類の力を誇る吸血鬼。

 夜明け前まで粘って、双方かなりの傷を負った。


 この俺すらも、足と翼から、血を流した。

 その時は人間が貢物として出された。


 古来より見目の美しい人間の女を喰らえば、魔力と力が満ちると言われていたからだろう。


 成る程その娘の容姿は、美しかった。

 けれど、足が悪そうだった。片足を引きずっていたから。


 生贄に選ばれるなど、哀れな娘だ……。

 そう思った。


 けれど、娘は、誰かを恨むこともなく、私の傷が痛そうだと、気が紛れるかもしれないと、歌を 歌ってくれた。


 ──それは……とても美しい、生を喜ぶ、春と夏の歌だった。


 歌の贈りものは……初めてだった。まるで音に抱かれるような、不思議な感覚。

 それはとても心地よく感じた。ずっと聞いていたくなるほどに……。


 そして、俺はふと娘の足にある包帯が気になった。



「その足、どうした?」


 生贄が逃げないよう、村の人間からアキレス腱でも切られたのか?



「昔、ゴブリンの襲撃があって、ゴブリンの武器で」

「ゴブリンに……汚されたのか?」



 我知らず声が低くなった。



「じゅ、純潔のことであれば、ギリギリ人に助けてもらえたので大丈夫です……でも足が悪くなって、私は役立たずになりました」



 少女は恥じ入った様子で、包帯の巻かれた左の足首を軽く己の手で擦った。


「歌が歌えるではないか」


「私は足がこんなで機敏に動けないので、かごを編むか、本を読むか歌でも歌う他、あまりやれることがなくて」

「美しいのに? 誰も妻にしようとはしなかったのか?」


「父が戦争で亡くなってから、母は娼婦になりました。夫を亡くした女の選択肢は少ないので、体を売ってでも、育ててくれた母には感謝しています。でも娼婦の娘と結婚したがる人はあまりいません」


「……それで生贄にされたのか」

「よく働ける人の方が重宝されるので、農村に必要なのは主に労働力ですし」


「お前を、生贄に選んだ村人を恨んではいないのか?」


 少女はサラサラの銀色の髪を揺らし、頭を振った。何故かその髪に触れてみたいと思った。



「村の役にたてば、病の母の治療をしてれるそうですから……」

「俺に食われててもいいと?」

「それをお望みならば……」



 少女は澄んだ瞳で、その運命を静かに受け入れているようだった。

 己の母への愛……か。



「お前は……歌が上手いから、しばらく生かしておいてやる」 

「ありがとう……ございます」 



 娘は意外そうに目を見開いた。

 新緑のような緑の瞳が、私を捕らえた。

ドラゴンである私を見ても、震えもしない。

 おかしな女。


 新緑の瞳を持ち、生の讃歌を歌うのが、ドラゴンへの生贄とは、なんとも皮肉なものだ。


 ──そして愚かにもこの時、私は気がつかなかった。

 呪いにも似た、愛というやっかいものに、これより深く長く囚われることに。


 それはまるで……翼を引き裂かれ、大地に鎖で縛り付けられた、虜囚りょしゅうのように……。


 そうして少女としばらく一緒に過ごしているうちに、竜体から人形を取ることが可能になった。


 角とゴツゴツした尻尾はついたままだったが、ほぼ人形と言える姿だった。


 俺は彼女を、愛した。

 失った時、嘆き悲しむ程に深く。


 そしていつか、彼女が生まれ変わったなら、必ず見つけてみせると誓った。


 我が竜の花嫁を。













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