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第45話 夏から秋へと

 別邸の離れにある温泉の、温かい湯に浸かっていた時、最近咳もほとんど出なくなったと実感が湧いてきた。


 この地に来て受けた恩恵をひしひしと感じる。


 冬は寒いけど、こちらの夏は本当に心地よい。

 夏でも日陰に入れば、ひんやりとして涼しいのだ。

 日本とは湿度が違うし、地球のような温暖化の影響も感じない。



 お風呂から上がって本館に移動する時。

 入れ違いで入浴されるらしいジュリウス様に、すれ違いざまに声をかけられた。


「帰るなり仕事もけっこうだが、体が弱いのだから、ほどほどにしておけ」


 自分の事は棚に上げるのだなと、私は少し笑った。そしてなんだか不意に触れる、彼の優しさがくすぐったくも嬉しい。


 でも、確かに体の強度は違いますから、気をつけますね……。私は柔らかく微笑んで返した。



 館の自分の部屋に戻ると、ランドリーメイドの手により、丁寧に手で洗って日差しの下で干したであろうシーツが、横たえた体をふんわりと受け入れてくれた。


 ごろりと寝転んだベッドの上から窓の外の空の青と白い雲を見上げると、あの海で、彼と、温かい砂の上を歩いた事を思い出した。


 あの遊覧船の中に皇太子さえ現れなければ、ほとんど素敵な新婚旅行だった。

 竜窟での蜜月も、得難い体験だったと思う。


 アイテムボックスやインベントリみたいな凄い鍵と……装飾の綺麗なナイフもいただいたし。


 私は護身用のナイフにでもしようかと、太ももにナイフを仕込めるように革のベルトを発注しようと思いつつ……夏の終わりの虫の声を聞きながら、眠りに落ちた。


 ◆ ◆ ◆


 もくもくとした入道雲が、いつしか細かいうろこ雲に変化した。

 秋には私が地球の知識を駆使して対策をうった畑で収穫を得た。


 おかげで喜ばしい収穫祭もある。

 実り多き秋は、冬の長いカダフィードの領地を活気づかせた。


 収穫祭の祭りには、ジュリウス様とお忍びでデートに行けた。

 私の素顔は妖精の仮面で隠した。

 服は緑の葉っぱ風のドレスを着て、ちょうどお昼くらいには祭り会場に着いた。


 そしてジュリウス様は狼を模した仮面を被っていたので、その件について言及したら、



「そこはドラゴンではないのですね」

「それでは変装の効果がないだろう」

「あっ、それは確かに!」


 私はクスクスと笑った。



 ちなみに今回の秋の収穫祭は公爵家からはカボチャパンとりんご飴のお店を出店させてもらい、売り子はメイドが勤めた。

 物珍しさのせいか、かなり繁盛している。 



「このパン、柔らかいし、かぼちゃの優しい甘みがあってとても美味しいわね!」

「ああ、土産分も欲しかったが、もう売り切れてしまったな」 


 そんな嬉しいような、早々の在庫切れが申し訳ないような口コミも耳に入った。


 目論見通り、天然酵母を使った柔らかなパンは特に万人受けして好評だったし、りんご飴は主に女、子供に好評だった。


 ちなみに天然酵母は葡萄から作った。

 果物や清潔な瓶などと、前世の知識があれば作れる。


 私が妖精の仮面をつけたまま祭りを歩いて楽しんでいると、今年の冬は例年より蓄えがあるだとか、そこかしこで本当に皆が喜んでいるという噂話をこの耳で聞けた。


 嬉しい。


 輪になって踊る人々の輪を軽くシードルを飲みながら眺めつつ、そういえば……インキュバスに襲われかけたりはしたけれど、春のは豊穣を願う祭りにも参加したなぁ、なんてことを思い出したりした。



「何か欲しいものはあるか?」


 雑貨屋も多く出店してるので、そちらを見ながらジュリウス様が訊いてくださった。


「では、あの出店のアップルパイを」

「わかった」


 ジュリウス様がアップルパイを二人分買って来てくれて、テーブルセットが設置してある場所で休憩しながら食べた。


 甘くて美味しい。



 領地の者が作ったアップルパイも美味しかったし、私が、提案したてん菜で作ったりんご飴もカダフィードの新しい名物になりそうだし、今日はいい日だ。


 夕刻。

 帰りには祭りの喧騒の中、はぐれないようにジュリウス様が私の手を引いてくれた。

 夕陽に照らされた二人の影も重なっていて、私の目と胸に、この光景は鮮やかに刻まれた。


 ◆ ◆ ◆


 幸せだった収穫祭の翌日の、夕闇が迫る頃。

 皇都から手紙が届いた。



「冬に狩猟大会……やはりあるんですね」

「招待状が届いてる、しかも私宛は皇太子から、そなた宛には皇后から」



 私はしばし、かつての死因の女からの、不吉に感じる呼び出しに目眩のようなものを覚えたけど、ここで倒れる訳にはいかなかった。



「であれば……流石に断る訳にもいきませんね。申し訳ありませんが、また不細工メイクで参ります」

「今更それで隠しおおせるとも思えんが、まぁ、そなたの好きにするといい」





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