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第47話 夢うつつ

 おそらくは皇太子が仕込んだと思われる突然の守護魔石すり替え事件、事故により狩猟大会は大騒ぎになったけど、ジュリウス様は既にライオンに似た大きな魔獣を狩っておられた。



「せっかく大物を狩ったのに、表彰も辞退して私の為にすぐに帰還を?」


 それは1位ではなくとも2位内にはおそらくは入るだろう獲物だと、素人目にもわかるくらい大きな獲物だった。


「当然だろう。そもそもそなたは狩りなどどうでもいいから無事にと言っていたしな」


「……すみません、ありがとうございます。……コホッ、ゴホン」



 しまった……冬の冷たい空気のせいで、また咳が出て来てしまった……。



「魔物の体から魔石だけは回収しておいたから、全くの無収穫ではないから気にするな。それと大会の主催が皇家なので、夫人の天幕の守りがザルだったことの責任は問うつもりだ」


「はい……」

「せいぜい謝罪金とか食料をぶん取るくらいしか出来ないかもしれないが」

「はい、ゴホ……ッ」


「金が入れば色々使い道もある。それに咳も出て来たようだし、体調不良と言えばそう文句も言われずに帰れるだろう」



 我々が帰る時、スクロールで移動する前、ジュリウス様は皇太子の天幕の方を睨んでいた。

 それは厳しいカダフィードの冬よりも底冷えのする眼差しだった。



 ◆ ◆ ◆



 帰還後、皇家から狩猟大会の不手際について詫びを渡したいから皇都まで来いとの書状が届いたけれど、ジュリウス様は詫びる気があるならその品や金と食料をこちらまで運べと返事を出したらしい。


 あくまで強気だった。


 私にも皇太子からお詫びの手紙が来たけれど、あまりにも白々しいので、薄目で読んでから暖炉に手紙を放り込んだ。


「あ、あの、奥様、皇族からの手紙を燃やしてしまってよかったのですか?」


 メイドが怯え混じりの顔で問いかけてくる。



「まさか出した手紙を返せとは言わないでしょうから平気よ」

「そ、それはそうですね」



 私は静かに暖炉に焚べた手紙が燃え尽きて灰になるのをじっと眺めた。


 そして部屋にノックの音がし、メイドがあからさまにビクついた。ここに皇室の手先はいないと思うのだけど、部屋を訪ねてきたのは案の定執事だった。



「奥様の依頼品のベルトが仕上がりました」

「ありがとう」



 依頼品のベルトが思いの外早く届いた。

 暗器のナイフを隠すための太もも用のベルトだ。


 ◆ ◆ ◆



 その夜は、夜空に星が一つ流れていくのが見えた。

 あの星は……何処まで落ちて行くのだろう。


 もしかして……ブラックホールにでも吸い込まれるのだろうか。


 ラックホールという存在も天体のひとつらしいけれど、あまりに高密度で重力が強いために、物質だけでなく、光すらも脱出できないという……。


 それゆえ、近くを通る星は一瞬にして吸い込まれ、跡形もなく消えてしまう。いっそ私の悩みや恐れも全て吸い込んで欲しい……。



「ゴホッ、ゴホン、ゴホッ」



 また私は咳が出て、咳き込みすぎてなかなか寝付けなかったけど、私の寝室にジュリウス様が入って来られた。


 すわ、夜のお勤め的なことかと思ったけれど、ベッドに近付いた彼は穏やかな瞳をしていた。

 そして私のまぶたの上に己の手のひらを当て、



「眠れ」と、一言私に命じた。



 私はその瞬間、くらりと目眩いのようなものを覚えた。

 頬に彼の唇が優しく触れた気がした後に……夜が降りて来て、意識を失った。



 朝起きてから、昨夜のアレは、咳でなかなか寝られない私をジュリウス様は親切にも眠らせに来てくださったんだと分かった。


 そして……寝る前に、ジュリウス様に頬にキスをされた気がしたけど……あれは……夢?

 まるで普通に愛し合って恋愛結婚してる新婚さんのようで、あまりにも夢の中の事のようで……錯覚だったのかもしれない……。



 私にとって、本当にとても都合の良い夢みたいなキスだったから……。情欲でもない、ただの優しく寝かしつけるためのもの……それゆえにとても尊いと感じる。



 翌朝。


 朝食の為に一応は私も食堂に赴いた。

 けれども皇太子のせいで食が進まない私に、ジュリウス様が言った。



「セシーリア、そんなしょぼくれた顔をするな。不快な奴を滅したいなら俺を利用しろ」


 私の為に皇族に手を出すなんて……そんな危険に見合うような価値が私にあると思ってくださるのは……有り難いけれど、実際のところ、そこまではないだろうから不思議……。


 でも彼の言葉は私には優しく響いた、まるで魔王の誘惑の言葉のように。


 皇太子のような者に心を乱されるのは、不快でしかないけれど、彼の場合は違った。

 彼は、私の夫だから。

 契約上とはいえ、私を守ってくれる人だから。










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