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第49話 キスの対価と二年後の皇命


 そして私はお酒を少しだけ飲つつ、彼を待った。旦那様は確かに、私の寝室に来られた。


 しかし、寝室は……隣なのである。寒いからとか気を使ってあちらから来てくださったけど、扉開けたらすぐなので……。


 バスローブ的なものを羽織っただけのジュリウス様が現れた。セクシー過ぎる。



「珍しく飲んでるのか」

「ちょ、ちょっと飲まずにはいられなくて、少しだけ」

「蜂蜜酒か……悪くない」

「はい?」


「今夜はお前から口付けしてくれ」


 え? 私から……? して欲しいって事なのね、何故なのかは分からないけど……こ、請われたのなら、しよう。


「では、失礼します……」



 私は横になった彼の上に跨るように乗った後に、そっと唇に触れるだけのキスをした。



「何故自分の夫に口付けするだけなのに、失礼になるんだ?」

「な、なんとなく……?」

「他にもっとふさわしい態度があるだろうに」


 つまり……無言でやるのが正解だった?

 あるいは……、



「い、いただきます?」

「くっ、はははははっ」


 笑われた!


「わ、笑うとこでしたか?」

「ははっ、いただきますとは、今からご馳走でも食べるみたいだな?」



 彼は心底愉快そうに笑ってる。



「あ、ある意味相違ないかと」



 この端正な男前のバスローブの隙間から、見事な筋肉が見えるし……。



「本当に面白い女だ」

「私からキスさせたのに、何の理由があるんですか?」



 素朴な疑問。



「キスの対価に俺に言えばいい、皇太子と皇帝を殺してくれと」


 !?


「私のキス一つの対価にしては、命懸けの行為ですよ?」


「その価値があると俺が言っている」



 そんなバカな……。



「いつの間に、私にそんなに惚れるような出来事が……あったでしょうか?」



 新婚旅行? どこでぐっと来たの?



「自己評価が低いな。強いて言うなら今世で出会う前から愛している」


 !!


「……つまり、前世から? でも出会ったばかりの頃は私にそんな事は言われてなかったかと思われますが……いつの間にか思い出したという事ですか?」


「そういうことだ」



 彼はそう言って少し目を伏せた。

 睫毛に遮られて見えないけど、もしかしたら遠い目をしてるかもしれない。



「いつ……ですか?」

「お前が……俺のものになって、刻印が刻まれたあたりだ」

「昔……何かの因縁があったのですね」

「そうだ」



 そう言って彼は彼に跨ったままの私の太ももにある刻印を愛おしそうに撫でた。



「……」


 いつぞや夢に見た生贄の乙女と竜のあれが……もしかしたらそうなのかしら? だとしたら説明はつく。



「キス一つでは対価として釣り合ってないと言うのなら、追加報酬を前払いで貰うとするか」



 悪戯っぽく笑う彼の手が、太ももの内側から上に撫であげた。


「あっ……!」



 彼が私を見上げる瞳には明らかに熱がこもっていて、その瞬間、暖炉の火種が爆ぜる音と自分の心臓の音が、やけに大きくこの身に響いた。



 ◆ ◆ ◆



 目が醒めたら、隣にはもうジュリウス様はいなかった。


 冷静になると……あの方、多分人格が二つあるから、私を前世から愛してるのは片方のみである可能性がある。


 それにしても昨晩は遅くまで営んだのに……随分早い……。私はベッドサイドの宝箱を開けて、入浴前に中に入れていたあの特別な魔法の鍵を取りだした。


 ペンダントのように鎖を通しているから、それを首からさげたところでメイドのアニエラが現れた。


「奥様、お目覚めでしたか、洗顔用のお湯をご用意しました」

「ありがとう、アニエラ」



 私は湯を使って顔を洗った。

 顔を清潔な布で拭きながら、アニエラの方をチラッと見たら、何か言いたげに私を見ている。



「なに?」

「その……今朝、出征命令書が旦那様に届いたそうです、出征は二年後になるようですが……」


「……やはり来たのね……」



 無慈悲で残酷な運命に泣きそうになった私は、メイドの視線から逃れるように毛皮のコートを羽織ってバルコニーに出た。


 吐く息も白い冬。冷たい空気を吸い込むと案の定咳も出て、胸が痛くなるほどだった。



 しばらく咳込んでいたら……何故か気遣うように鳥が寄って来た。


 冬は山に餌がほぼなくなるし、食べ物がほしいだろう。

 私は胸元の魔法の鍵を回して亜空間収納から枝付きの赤い実を取りだした。

 鳥の餌になりそうだし、綺麗だからしまっておいたのだ。



「ゴホッ、これでも……いいかしら?」



 咳き込みつつもそう一人呟くと、鳥は赤い実を啄みはじめた。これで良かったみたいね……。


 今年の冬越しは、いつもより食べ物もあるからと、領地民もせっかく喜んでくれてたのに……戦争になったら本当に申し訳なく、涙が溢れて止まらない。


 でも、ジュリウス様を失う訳にはいかない……。

 彼はこの地にとっても大切な守護者……。


 そうよ、そもそも女(人妻)欲しさに北部という厳しい土地に住みつつも、危険な魔物退治も引き受けてくれる有り難い存在の命を狙うなんて、この国の上の人間の国防意識はどうなってるのよ!?



 腹が立つ……。

 女一人の為に国を傾けるな!! どうかしてる! 本当にバカ!




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