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第50話 最後の言葉

 とりあえず、私には責任がある。

 この領地の為にも、出来る限りの事をしないと。


 ジュリウス様の出征まで二年あるから、それまでに、反皇帝派を集めて、連絡をとっておく。


 そして、こうなると……お父様やお兄様にも迷惑をかける事になるわね……。


 お母様は……結婚してから一度も私の近況を伺う手紙もないから、私に興味がないのかもしれない。

 ずっと実家に引きこもっていて、夫のいる屋敷にも戻らない……。


 政略結婚ってやはり普通はこんなものなのかしら、病気療養で社交もされていない。


 それは私も似たようなものだけど……。


 でも、家族には、お父様にはなんとか連絡を取らないと……。

 でも、安全を考えたら文書で証拠を残せないから直接話をしないと……里帰りを装えば実家に戻るくらいは出来るから、そうしよう……。



 私はカダフィードの凍てつく空気の中で立ちつくし、必ず皇室の奴らの心胆を寒からしめてやると思った。



 私のジュリウス様はイマイチ掴みきれていないけど、俺様気質なもう一人のジュリウス様はおそらくは人に頭を下げたりするのは嫌いで、己の武力でどうにかしようとする主義みたいだから、裏工作は私がしようと思う。


 私は朝食の時間に食堂でジュリウス様に相談することにした。

 彼は朝から血の滴るようなステーキを食べていた。焼き加減はレアがお好みのようだ。

 ワインも赤……。


 私はミルクを使った温かいスープとパンをいただいた。



「アカデミー時代にジュリウス様に声掛けてきた令息ってどなたですか?」


「今はおそらくは青の塔に行ったレイブンと辺境の地で騎士になったオースティンだな」

「青の塔は、魔法使いが行く所ですよね。そして辺境というのは?」


「国境を警備している王弟の騎士」

「なるほど……お手紙を書かせていただきますね」

「好きにしろ」

「はい、ありがとうございます、ゴホッ、コホンッ」


 あ、また咳が……。



「あまり無理はするなよ」

「だ、大丈夫です。ところで青の塔の魔法使いさんてどんな方ですか?」

「好奇心旺盛、珍しいもの好き」


「魔法使いには探究心が必要そうですから、けっこうな事ですね」

「そうかもしれんな」



 私は関係各所に手紙を書いて出した。

 春に向けて、お茶会の誘いである。私から、他所様を誘うのは初めての事で緊張するけど、やらねば……。



 ◆ ◆ ◆


 夜の帷が降りてから、雪が降り出した。

 横になると咳が出るので、ヤカンをかけて蒸気を上げ、乾燥を防ぎつつ、暖炉の近くで今後の計画を練っていたら、ジュリウス様が私の寝室に来られた。


 でも、咳をしていた私の体を気使ってくださったのか、お話をしに来ただけだとおっしゃる。



「お前、己の最後の言葉を覚えているか?」

「え? 前世は皇后の刺客に斬られてろくに言葉も発せずに……死にましたが」


「……それよりもっと前だ」

「……覚えていません、申し訳ありません」


「お前は言った、俺に……悔やむことなく、自分を許し、健やかに……と」

「私が、あなたに……」



 それは夢で見た、生贄の女とドラゴンの?



「お前を助けられずにいた愚かな俺に、悔やむことなく、健やかにだと……しかしそんなことは無理に決まっていた。俺はずっと自分を呪ってきた……」


 助けられずに? 彼の妻の死因は……病か他殺なんだろうか?



「でも、己を呪うだなんて……」


 私の前世もそうとうだけれども、悲しい話……。


「しかし、俺の強い想いは再びお前との因果を引き寄せた」


!!


 ──私が死に戻りしたのは……まさか……神の御業ではなく……彼の……想いの力だったの?


「そんなに、私に会いたいと思ってくださっていたとは……うかがってもよいでしょうか? 昔の、貴方のお名前を」



 今更ながら、私は彼の名前を訊いてみた。



「かつてのお前の名前がアストラで、俺がヒューゴだ」

「ヒューゴ……様」


「今は紛らわしいのでジュリウスでいい」

「はい……」



 そう言って彼は私に背を向け、静かに寝室から出て行った。





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