「セシーリア、手紙が届いていたぞ」
私が別邸内にある書庫で資料を探していたら、何故か執事でもメイドでもないジュリウス様が直接手紙を届けてくださった。
今日の彼は黒地に銀の刺繍入りの上着を袖を通さずに肩にかけ、下は白いシャツに黒いベストを着て、下も黒いパンツスタイルだ。
私の方は
「ありがとうございます」
手紙を受け取ろうとしたら、彼は手紙をさっと己のベストに挟み込むように入れて、私の手を掴んだ。
何故? 疑問が浮かんだ時、彼は私の掌を己の頬に当てた。
その一瞬、私の瞳を甘く捉えてから、次は手の平にキスを落とした。
この行為から、今の彼は前世の記憶持ちのヒューゴの方だと思った。
私は古書の多くあるこの書庫の本棚を背にし、彼の大きな体に挟まれ、追い詰められたような格好になっている。
さっきまで古いインクのような本の香りしかしなかったのに、今は彼の香りがする。
「ずっと熱心に何を調べている?」
低いけれど優しい声音だった。
「収容魔法をさらに便利に使いこなす方法を探しております」
「どういうことだ?」
彼は剣ダコのある手の平でまだ私の手を掴んだままだ。強くなる為に、真面目に剣を振って来た人なのが分かる。
この地をずっと守ってきた人の手だ……。
「あの亜空間収納の鍵で、沢山の物を入れることができますが、一つずつ入れると時間がかかるので、まとめて雪崩のようにズザーと入れられる魔法などないかと」
「ふ、金貨の山でもあの中に入れたいのか?」
彼は愉快そうに笑った。
かつての竜なら財宝を、と、考えても無理はない。
「敵地にある食糧庫に忍び込んで根こそぎ
「なに? 忍びこむ? 誰が?」
彼は怪訝な顔で眉毛を寄せた。
「鍵の所有者が私になっているので、私が」
「……敵地の食糧庫にお前が忍び込むだと?」
いきなり信じられないようなものを見る目になって問いただす彼。
「はい、領地の皆様を危険に晒すのに自分だけ安全圏内でじっとしているわけにはまいりません」
「貴婦人は安全なところで守られているものだ」
「それだと私の矜持が許しません」
「……呆れた女だ」
そう言いながら、彼は苦笑いをした。
「そうですね、貴族の女としてはおかしいかもしれません、でも、騎士達を危険に晒す対価は払わなければ、私の気がすみません」
「騎士はそもそも主と守るべき者の為に戦うものだ」
「ならばせめて守る価値のある存在になりたいと思います」
「ふ……っ」
「おかしいですか?」
「本当に面白い女だ、随分揺るぎない瞳で言ってくれる」
私は彼の懐の手紙に視線を送る。
「その手紙はどなたからですか?」
「その雪崩収納魔法のヒントをくれるからもしれない、青の塔の魔法使いからだ」
彼はようやく私の手を離し、ベストに挟んだ手紙を取り出し、渡してくれた。
「なるほど、流石魔法使い、返事がお早い」
「しかし敵の食糧を奪うことを狙うとはな。天使のような顔をして、冷徹な指揮官のような事を考える」
「食糧庫を燃やす方が早いでしょうが、せっかく農民が丹精込めて育てた収穫物ですし、農作物の育ちにくい北部の者としては食糧を無駄には出来ませんから」
「食糧庫侵入の際のはこのじゃじゃ馬司令官の護衛に俺も立候補をしておくか」
「貴方には他で派手に動いて陽動をお願いしたいのですが」
「残酷な女だな、そんな場面で側にいられないなど、俺は心配で気が気でないぞ」
「私を信じてください、護衛は少数ですがつけます」
「はぁ、この際、めちゃくちゃ派手に動いてやるしかないか」
彼はご褒美の先取りみたいに私の唇にキスをして、背をつけて書庫から去った。
仕事の為に執務室へ向かったのだろう。
私は謎の緊張感から解き放たれ、深いため息をついた。
本棚にうっかりもたれそうな体を引き起こし、手紙を手にして、書庫内にある長椅子に座った。