────話は少し遡る。
冬の狩猟大会の後。
皇城も夕闇に包まれる頃。
「母上、大事な話があるので人払いを」
「あら? そうなの、いいわ、お前達、お下がり」
皇后の命令でメイドや執事達はサロンから、速やか退出した。
そして皇太子の希望により、人払いのされたサロンで、皇太子と皇后の親子は向かい合った。
豪華な大理石のテーブルの上には、華麗な花の細工を凝らした砂糖菓子と茶が並べられていて、皇后は物言いたげな息子を時々気にしながらも、しばらくは静かなティータイムを過ごしていた。
暖炉の炎は煌々と燃え、不意に火種が音を立てて爆ぜ、皇后も痺れをきらした。
「ダーレン、そろそろ本題に入ったら? わざわざ人払いもしたではないの」
その時、皇太子が燃えるような瞳で、とんでもないことを言い出した。
「母上、私はセシーリアが欲しいです」
「は? 息子よ、どこのセシーリアですって?」
皇后は思わず眉根を寄せた。
「カダフィードに嫁いだ元伯爵令嬢のセシーリアです」
皇后は大きく目を見開き、己の息子の顔をまじまじと見た。
「……私のかわいいダーレン、正気なの? あの醜女のどこがいいの?」
シミとそばかすだらけの女など、およそ息子に相応しくない。皇后はそう思っていた。
「醜女などでは無いのです。あのシミそばかすは偽りのメイクなので、本当はとても美しいのですよ」
「なんですって? ……で、でも彼女は既に公爵の妻よ」
思わず呆気に取られた皇后は、数秒後になんとか表情を取り繕い、真っ当な意見を述べた。
「カダフィード公爵を戦争に行かせて戦死させ、彼女が未亡人になれば側室にできるでしょう」
かわいい息子の願いを、なんなりと叶えて来た皇后は、流石に
「……お前の婚約者候補筆頭のリーサンネ・ファン・デルフース令嬢の立場がないではないの、先だってほぼ内定のお茶会を開いているというのに。お前の妻は、正妻となる予定のリーサンネ公爵令嬢は気を悪くするでしょう、側室などを持てば」
ただでさえ好色の夫を持つ皇后は、流石に難色を示した。
皇帝はメイドでも侍女でも、貴族の人妻すら気に入れば強引に奪い、手籠めにする男だから。
「リーサンネ公爵令嬢はそれなりに美しい女ですが、何の面白みもない女です。セシーリアはとても美しい容姿に加えて、いい声を持っているんです、天使のように美しい彼女は私の側こそが相応しい」
皇太子は熱に浮かされるように語った。
その瞳には狂気似た色を滲ませて。
そして、リーサンネ公爵令嬢が面白みのない女と言われたらそれまでだった。
皇后も実は自分でもそう思っていたからだ。
皇太子は、公爵令嬢の家門の後ろ盾しか見てないようだった。
表向きでも公爵令嬢を正妻に据え置くならば、父親のデルフース公爵も文句は言わないだろうか……。
などど、皇后は脳内で計算した。
そもそもが貴族皇族は政略結婚が主であり、公の場では仲睦まじい夫婦を演じ、しかし裏ではそれぞれ愛人を作ってもおかしくはない世界なのだ。
「まったく、我が子ながら強欲なんだから……」
皇后は皇太子を溺愛していた。
いずれ王位を継ぐのだから、最高権力者になってしまえば、多少のことは握り潰せる。
そう、考えた。
国母であるはずの女は、子への愛ゆえに盲目となる、愚かな母親の一人だった。
「母上、協力してくださいますよね?」
酷薄な笑みを浮かべ、皇太子は母親さえも惑わす。
「仕方ないわねぇ、影を動かしましょう」
「暗殺ですか?」
「それは容易ではないわ、カダフィードの戦力と資金を削ぎましょう、無事に自然に公爵が戦死できるように」
「つまりは……?」
皇太子は愉快そうに笑って母に先を求めた。
「まず、武器商人をそそのかす所からね」
皇后は花を模った白い砂糖菓子を一つ摘むと、紅茶の中に沈めた。
そしてそれをスプーンでかき混ぜた。
まるで……可憐な花が蹂躙されるが如くに、それは儚く溶け消えた。
皇城を包む夜の闇がいっそう濃くなった。
厚い雲に遮られ、この月も見えない夜に、母と息子の悪巧みはこうして進められた。
皇室は、今も昔も血なまぐさい策謀と欲望に満ちていた。
◆ ◆ ◆
────そして事件の後。
「どうやら失敗したのね」
皇后は華麗な装飾のあるキセルに火を灯し、煙の中にいた。
「残念なことだ、しかし流石カダフィード、しぶといな」
息子も煙草の煙る、サロンの中にいた。
「契約魔術を使い、名を喋ろうとすると死に至る。まぁ、犯人追及の件は大丈夫だとは思うわ、あちらの警戒は強くなるでしょうし、しばらくは大人しくしていましょう」
「そうですね、どうせ時が来れば出征するのですから、せいぜい強すぎる敵とぶつかって相討ちにでもなってくれたら重畳」
「そうね、焦ることはないわ……」