「皇太子殿下、このような東屋にお呼び出しとはいかがなさいましたか? 今は冬でございますよ」
吐く息も白い、冬の昼の事である。
皇家の庭園といえど、今は花も咲いてはいないゆえ、通常は東屋など使わない。
「おお、宰相来たか。寒さ対策には魔石を使っているし、人払いの手間を省いたのだ。早速本題に入る。我が帝国の伯爵以上の家門の後継者以外の魔力の高い者の16歳から40歳までの貴族のリストを秘密裏に作成してくれ」
「皇太子殿下、つかぬことをお伺いしますが、それは何の為にでしょうか?」
「カダフィード公爵、先代は魔族との戦いで戦死した。ゆえに北部の守りの現当主が戦死した場合の後釜候補の確認に決まっておろう。各家門から一人ずつは人材を出させる。流石に数が揃えば補えるだろう」
「つまり、カダフィードの竜血の代わりに北部に派遣する者達の候補リストでございますか」
「そうだ、分かったならさっさとやれ」
「北部は厳しい所ゆえ、そのようなところに身内を派遣させるのは各家門から反発がありそうですが」
「ならば北部の守りはどうするのだ? 皇家の名に逆らうなら反逆だぞ、貴族は義務を果たさればならない、贅沢するだけが貴族の役割ではない」
「……かしこまりました、すぐに貴族年鑑を確認致します」
「ああ、そうだ、貴族年鑑に載っていない婚外子を生け贄に出してくる可能性もあるが、その場合は魔力テストで合否を決める」
「はい」
皇室の庭園の東屋にて、不穏な話がされていたその頃、小さな鳥がその会話を聞いていた。
◆ ◆ ◆
「セシーリア、どうした? ぼうっとしているようだが、のぼせたのか?」
私が温泉の蒸気を吸込みつつ、お湯に浸かりながら体調を揃えている所に、ジュリウス様が入ってこられた。
私の入浴中に堂々と入ってこれるのは、夫だけだ。
「……はい、ジュリウス様。己の耳と目の代わりに送った鳥により、皇太子の企みを聞けました」
「ほう、なんだって?」
ジュリウス様は石で出来た椅子に腰掛けて、魔法で温泉のお湯を持ち上げ、頭から己の体にかけた。
おそらくかけ湯である。
「伯爵以上の家門から魔力の高い者を一人ずつ、貴方の後釜に据える為に北部に出させる算段のようです。……戦死した場合の代わりに、数を揃えると……」
「はは、墓穴を掘ったな。後継者以外ならいいと思ったんだろうが、また貴族達の怒りと憎しみを買うだろう、ここ、北部は寒くて人気がないからな」
ジュリウス様はお湯を被って濡れた髪をかき上げつつ、愉快そうに笑った。
「密かに噂を流して反発する家門の炙り出しをし、こちらの仲間に引き入れられそうな家門があれば特になります」
「して、どこで噂を流す?」
「やはり、この手の機密を流すなら、酒場、娼館、水煙草屋などが定番でしょうか」
本当は……こんなの私に聞かなくても分かってるだろうにわざわざ聞いてくれるのは、私が守られるだけだと気にするからだと思う。
「では、そのように人材を手配しよう」
彼は静かに目を伏せ、深く息を吐いた。伏せ目ぎみになると、睫毛の長さが強調される。
「ありがとうございます」
「しかし、奴らこのタイミングで自分から不満要素を増やしてくれるとはなぁ」
ジュリウス様は立ち上がり、温泉の湯の中に入って来て、私の側に来た。
「相変わらず美しい金髪だ。俺が髪を洗ってやろうか?」
そう言って私の髪に触れると、纏めて上げていた私の髪をぼどいておろした。
俺と言うなら、今はヒューゴ様の方のようだ。
さっきまで悪そうに笑っていたけれど、私を見る眼差しは優しさと熱を持っていた。
「きょ、恐縮ですわ……自分でやれます」
「そこの洗髪剤、お前が作らせたんだろう?」
石で出来た棚には石鹸やガラスの容器に入った数種類の液体が並んでいた。
「ハーブや薬草等を集めて育てていますので、髪にいい成分を色々入れて作ってみたら、上手くいきました、そのうち仲間になってくれた家門から優先して売り出します」
「なるほどな、色々考えるものだな」
ヒューゴ様は私の濡れた髪を撫でた。
「化粧水、化粧品なども開発して作っておりますよ、青の魔法使いが色々手を貸してくれています」
「当家と関わるメリットを増やすのにも余念がないな」
そう言った後、彼は裸の私を抱き上げて、から上り、石の椅子の上にそっと座らせた。
やはりどうしても彼は私の髪を洗いたいらしい。
今更ながらお湯の目隠し効果も消えたので、私は自分の両手で体を隠した。
「今更だぞ」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「せっかく美しいのに、そう隠そうとせずとも」
彼の視線が今、どこに向いているのか確認するのが怖い、とても今は目を合わせられない!
「髪を洗ってくださるのですよね!?」
照れ隠しにちょっと声を荒げてしまった!
「ああ、分かった、分かった」
彼が笑いを含んだ声でそう言ってから、
「三種くらいあるがどれを使う?」
と、訊いてきた。大理石の棚に三つ並ぶ瓶はピンク、イエロー、グリーンの三種である。
「ではピンクのボトルのものを」
彼はピンクの瓶を手にし、蓋を開け、匂いを嗅いだ。
「甘い……これは花の香りだな」
「ピンクは甘い花の香りで女性向けです、グリーンが男性向けの甘さを控えた爽やか系の香りで、イエローが……柑橘系でどなたでも使えそうなものです」
「なるほどな」
ヒューゴ様はピンクのシャンプー剤を持ち、私の後ろに回ってそれを髪に塗り、丁寧に泡立てていく。
正直照れ臭いし、恥ずかしいけど、好きにさせておこう、せっかく機嫌がいいみたいだし。
私は立ち込める湯けむりの中で、彼に髪を洗われ、花の香りに包まれながら、ぼーっとしてきた……。