各所で竜血の後釜用の北部派遣の噂をまき散らし、現皇帝を引き摺り下ろし、新しい皇帝を立てる為、辺境の守りについておられる王弟殿下へも面会を望む手紙も送った。
手紙の返事待ちの間にも私は日々温室で、今度売り込む薬草の世話などをしていたら家令が手紙を届けに来てくれた。
「貴族年鑑用の私の肖像画の提出せよですって?」
「はい、奥様もデビュタントを終えたのですから、提出せよと、皇家から文書が届いております」
つくづく忌々しいわね、皇家は。
「私が自分で描こうかしら……とびきり不細工に」
「え? 奥様、いくらなんでもそれは……」
私の言葉に唖然とする家令。
「画家を呼ぶのにもお金がかかるし、カダフィードは出征を命じられて戦争の準備もあり、物入りですもの」
「つ、通じるでしょうか? そんな言い訳が」
家令の笑顔が引きつっている。けど、やってやるわ!
「とにかく描いてみるわ、空き部屋をアトリエにするからキャンバスと筆と絵の具、画材一式の準備もしてちょうだい」
画材一式揃えても画家を雇うよりは安いはず!
「か、かしこまりました」
困惑する家令を強引に公爵夫人の権力でねじ伏せて、私は汚れてもいい服を着て、エプロンも身に着けて、自分で肖像画を描くことにした。
空き部屋をアトリエに改造して私はまず木炭で下描きをした。
「ふむ、流石私、なかなかじゃない?」
一人で自ら描いた絵にドヤっていると、部屋の扉にノックの音が響く。
「どうぞ!」
私が許可の声を出したらジュリウス様が入って来た。
「セシーリア、経費削減で肖像画を自分で描こうとしているとか……本気なのか?」
「本気ですよ、御覧になりますか? 私の力作を」
「ふむ……」
ジュリウス様がイーゼルにセットされた私の絵を覗き込んだ、そして……肩をふるわせた。
「ジュリウス様、我慢などされなくていいのですよ?」
「……しっ、しかし、これは……っ! ま、眉毛は太すぎる上につながっているし! もみあげもむさ苦しいほどに立派すぎるし、鼻は大きい上に形が潰れ、頬は、ふ、ふぐのように膨らみ……っ、顎は……さ、刺さりそうなほど尖っているっ……! ではないか! ……くっ!! あまりにも虚偽!」
ジュリウス様は左手でお腹を押さえ、右手は口元を押さえ、肩を震わせて必死に爆笑をこらえている。
「声を上げて笑ってよいのですよ! 私の芸術が爆発しすぎているのは自覚しています!」
もちろん私は本気で、おかしくなるように描いているので笑われてもノーダメージである。
「あはははっ!! し、しかし、これでは皇家も納得するまい、あまりにも似てないにも程がある……というか、ほとんどバケモノではないかっ」
ジュリウス様はついに声に出して笑った。
「私の芸術が爆発したとでも言い張ってください」
「通らんと思うがなぁ」
「これでカダフィードに無理な出征を押し付けて来たことへの私の静かな怒りも伝わるでしょう」
◆ ◆ ◆
そしてしばらくしてカダフィードから送られて来た肖像画を皇家が受け取り、皇太子がそれを見た後、皇家から画家を派遣し、費用もあちらが全部持つという手紙が届いた。
「小癪な……」
私が口を尖らせておこ! の、表情をしていると、
「ほら、だから通じないと言っただろう」
「仕方ありませんねぇ、じゃあまた変装をします」
「やれやれ……」
まだ無駄な抵抗をするのかと、ジュリウス様は呆れておられたけれど、やってやるわ!
◆ ◆ ◆
メイドが私に頼まれた物を集め、自室まで持って来てくれた。
「奥様、こんなに綿や布を集めて何をなさるのです?」
テーブルの上には所狭しと並べられた綿と布達がある。
「服の中に詰めるわ、お腹周りは布を巻いてふとーくするわ、妊婦並に」
「服の中に綿を!? いくら寒いとはいえ、動きにくくなりますよ! 毛皮のコートを着てください」
毛皮のコートを持ってくるメイド。
「肖像画を描きに来る画家にでっぷりした姿を見せて描いてもらいたいのよ」
「またけったいなことを……画家がそのままを描けば皇太子殿下に狩猟大会の時とまるで違うと言われると思いますよ?」
「私は旦那様の出征命令に極度の不安とストレスを抱え、冬で寒いし、部屋に引きこもり、食っちゃ寝生活をし、過食しすぎて太ったことにするの!」
「まぁ……なんという……言い逃れを……」
メイドも呆れ顔である。
「辻褄は合ってるわ!」
「た、確かに……言われて見れば……ですが、旦那様が心配なら食べ物も喉を通らなくなるものでは?」
「食べられなくなる人と過食が止まらず激太りする人の二通りがあるの! とにかく、今からお試しで着てみるから!」
「さ、さようでございますか……」
「さよう……」
さようって……みたいなツッコミをしたそうな顔をしていたメイドは仕方なく、私の腹に布をぐるぐると巻き、服の隙間、袖の中などに綿を詰めてくれた。
「さて、仕上げよ」
私は口の中にも綿を仕込み、頬をふっくらさせて輪郭すら変えた。
そして着膨れを越えたスタイルの私が完成した。
「く、口の中にまでそのような……」
「プロの変装ならば、ここまでやるの」
「何のプロなのですか?」
「変装のプロ、お忍び中にも使える技よ」
「セシーリア様は本来はお美しい方ですのに……」
メイドはまたがっかりした顔になった。