「激太りするにも、流石に数カ月は必要な気がしますから、今は冬の寒さで体調崩してるから画家をよこすなら暖かくなってからって返事を出しました」
「それだと体調を崩しつつも食欲は凄くある人になってしまうが?」
ランチタイム後に執務室にお邪魔して、事の次第を伝えた私に、ジュリウス様がクールに指摘してきた。
「過食という病気もあるけど寒さで咳は出ますということに……しました」
「な、なるほど?」
ジュリウス様の表情はやや引きつっていた。
そしてしばらくして……皇家からは、なんと皇太子が見た姿を画家に伝えて描かせることにしたらしい。想像で!? あの野郎!! 犯罪者のモンタージュみたいに! 人相描きをさせるなんて!
「せっかく綿まで詰めようと思ってたのに……」
「やはり貴族年鑑の更新を早めたいようだな……」
「そうですわね……」
「辺境伯の王弟殿下の方からは春には面会できると返事が来たから、そう落ち込むな」
「!! それは朗報ですね」
「表向きは薬草の買い付けだ、あそこも辺境警備で騎士や兵士のケガも多いところのようだから」
「はい! 薬草は温室でしっかり育てておきます」
◆ ◆ ◆
そして温室へ行く前に、私はメイドを伴って厨房へ向かった。料理人に頼んでいたものを受け取りに。
厨房からは美味しそうなバターの香りがした。
「いい香りね」
私の姿を見掛けた料理人達が振り返る。
「あ、奥様、ちょっど焼き上がりましたよ!」
「ありがとう」
籠に入れた貝の形のマドレーヌなどの差し入れを用意して、よく騎士達のたむろっている談話室に持って行くと、ちょうど四4人ほどいて、一人を囲むようにしていた。
囲まれている人はペンを持っていて、手紙か報告書のようなものを、書いているのだろうか?
「こんにちは、皆さんで恋文を書く練習でもされてるのですか?」
「あ! 奥様! い、いいえ、これは恋文ではありません、家族に向けて……」
ん? なんだか、焦ってるし、歯切れが悪いような?
よその女性には知られたくない秘密の手紙だったのかな?
「そうですか、困ったことがあれば声をかけてくださいね」
「いやー、コイツが書いてるのはただの遺書ですよ」
「あっ! このバカ! 正直に言うなよ!」
「い、遺書!? 何か辛い事が!? あ、もしや減俸で!?」
「ち、違います! 騎士達は通常最前線に行きますから、普通に書いておくものですよ! 時間のある時に!」
「!!」
サァーっと、血の気が引いていく思いだった。
そうだ、私のせいで彼らは死地になるかもしれない戦場に送られることが決まっているようなものだ……。
「奥様はお気になさらず! 騎士とか傭兵だとこれが普通の事ですよ! 皆、覚悟の上でこのような職についているのですから」
「私も……なんとか勝てるように、頑張りますから……無い知恵を絞って……」
私は震える手で、マドレーヌを小分けして袋に入れた籠をテーブルの上に置いた。
手紙を書いていた騎士は慌てて、手を胸の前で違う違うと言うように振った。
「御婦人がそんな事を考える必要はないのですよ!」
「そうですよ、レディは守られるべき尊い存在なのですから!」
「……いざと言う時の為に……ですね、私も用意しておこうかしら」
ジュリウス様と、家族向けに……。
「お、奥様がそんなもの書いたら縁起でもないと閣下やご家族がショックを受けられますよ!」
私は実は一般の騎士にはまだ秘密にしているけど、敵の食糧庫にこっそり忍び込む予定だし……。敵に万が一、捕まって足手まといになるくらいなら……死なないと。
太ももにはいつもお守りのようにあの短剣を仕込んでいる。
「……温室の薬草を見て来ます。この焼き菓子、良ければ皆さんで分けて食べてくださいね」
「お、お供致します!」
「いいえ大丈夫です! 温室へ行くだけですし、メイドがいますから!」
騎士達への申し訳なさで思わず泣きそうになったのを隠す為に、私は足早にその場を立ち去った。
あの人達を死なせたくない!
絶対に守らないと! どんな卑怯な手を使ってでも!
本来は……第一目的が、自分が死にたくないってことだったのに……ここの人達によくしてもらう度に、私の中の気持ちが少しずつ変化していった。
──ごほっ。コホンコホッ。
冷たい空気の中、廊下を早歩きしただけで、まだこんなに咳が出る。不甲斐ない。
「……コホッ」
「奥様、温室の様子を見るのは今度にされてお休みになった方が……」
メイドが咳をする私を心配して声をかけてきた。
やはり……防音魔法がないと、潜入時にやっぱり危ないかもしれない。
「……青の塔の魔法使いに手紙を出します」
私は呼吸をととのえ、なんとかそれを口にした。