「公爵夫人、防音の魔導具を完成させました。これを握りしめながら話をしたりすれば、半径二メートル以内の音が外部に漏れません」
公爵邸の別邸のサロンにて対面した魔法使いは、ペンダント形の魔導具を渡してくれ、先端には透明な水晶玉のような石がついている。
「流石は青の塔の魔法使い。仕事が早くて助かります。会話ではなく、咳き込んだ時の音なども消えますよね?」
「ええ、勿論」
「春までに完成が間に合い、ようございました」
この防音の魔導具は心強いわ。作戦の安全性を高めてくれるから。
「それにしても、温泉というものは気持ちがいいものですね」
北部、カダフィードの別館の温泉は、要人の接待にも役に立ってくれている。
「ええ、その温泉を利用した温室での研究に必要な植物の育成も順調ですよ」
「よく温泉の熱を利用するなんて考えられましたね」
地球での記憶のおかげよ、テレビで見た情報から真似ただけだから。
「私より賢い人の知恵を借りただけなんです、実は」
私は魔法に意味ありげに微笑んで見せた。
「ほう? どこの賢者殿でしょう?」
魔法使いは、私に興味をそそられている。それはそれで役に立つ。私を裏切ることは、得策ではないと思ってくれるだろうから。
「忘れました、私自身は特に賢くはないので」
「いやはやミステリアスな方だ」
魔法使いは苦笑いをしたが、これ以上は追求しなかった。
ひとまず研究に必要な薬草の入手を確実にしておきたかったのかもしれない。
私は魔法使いを丁寧にお見送りをして、自室へ戻った。
これで王弟殿下とのお話が無事に進み、敵軍の兵站を首尾よく奪い、戦争に勝てれば、王座に座る者の首をすげ替える事ができるだろう。
奴らがどれほど飢えようと、私は私の守る者を守ってみせる。
◆ ◆ ◆
〜 皇太子サイド 〜
───皇城内のアトリエにて。
「画家よ、肖像画は完成したのか」
イーゼルに立てられたキャンバスからは塗りたての絵の具や特殊な防腐剤等を使った画材による独特の匂いがしている。
執事が皇太子の為に、換気用の窓を開けた。
するとまだ冬の冷たい風が入ってくるが、換気の為には仕方ない。
「はい、皇太子殿下」
「……ふむ、いい出来だ、流石私のカナリア……美しい……報酬を受け取って下るがいい」
皇太子は画家に狩猟大会で見た、己の記憶の中のセシーリアの真実の、美しい姿を描写させた。
その肖像画にしばし見惚れてから、執事に報酬を用意させた。
画家は急いで画材を片付け、
「ありがたき幸せ」
と、頭を下げて金貨の入った袋を大事に道具入れの鞄にしまい、アトリエから出て行った。
するとしばらくしてアトリエに新たな靴音が響いた。
皇太子が人の気配に振り返ると父である皇帝だった。
「息子よ、カダフィード夫人の肖像画が出来たそうだな」
「父上、こんなところまでいかがなされたのですか?」
「皇后から、お前が公爵令嬢との婚約を取り止めたくなるほど、カダフィードの妻に執心だと聞いて、ワシも興味が出てな……」
皇太子は嫌な予感がした。
母親が好色な皇帝相手に余計な事を言ってくれたなと、内心で舌打ちをした。
だが、しかし、流石に息子が気に入ってる相手にまで……触手は伸ばすまいと皇太子は期待した。
「父上、ここは寒いのでサロンにでも参りましょう」
執事が慌てて換気の為に開けていた窓を閉めた。だが、しかし皇帝は肖像画に見入って、寒さなど気にする様子もない。
「おお、なんと可憐で美しいことか! これがあのシミ、ソバカスだらけだった冴えないカダフィード夫人の新の姿だというのか?」
「しょ、少々過剰に……美化させたかもしれません」
嘘である、本物は……実はもっと美しい。
「やはり、いずれ皇帝となる皇太子のお前には中古の女より、新品の令嬢相手が相応しいから、そうしろ。この女は私の側妃に迎える。──なに、たまにはお前にも貸してやるとも、親子の情けだ」
皇帝は好色な笑みを浮かべた。
「ち、父上、何を……おっしゃるのですか? 母上ともいう尊い存在がおられながら、お戯れを……」
「春の社交パーティーが楽しみだな、本物のカダフィードが夫人がまた見られるだろうし、カダフィード公爵が出征して戦地で死ねば、わしの物にする」
皇帝は自分の肉欲の前では、聞く耳をもたない男だった。実の子の言葉すらも。
「……皇帝陛下……」
皇太子は最早、父上とも呼べない男を見上げ、震える拳を握りしめた。
そして、この皇帝を、早めに排除をしなければと決意をした。
運命の歯車は軋んだ音を立てて、ゆっくりと、しかし確実に回り始めた……。