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第63話 皇都の春

 皇都の王弟殿下のタウンハウスの庭園は、まるで花の海だと思った。


 柔らかな色彩の黄色いモッコウバラがアーチの上から垂れ下がり、下生えの植物も生き生きとした緑と、白く可憐な野ばらや名前を知らない可憐な春の花達が彩りを添えていた。


 奥に進むと紫と白の藤の花を飾る藤棚のガゼボがあった。


 いかにも恋人達のロマンチックな逢瀬の場所のようだ。


 しかし、ここにはデートではなく、王弟殿下の人柄確認とご機嫌取りと取り引きに来た。




「王弟殿下にご挨拶申し上げます」

「我がタウンハウスの庭園へようこそ、カダフィード夫妻」


 ついに冬を超え、春になったので、本格的に現皇帝達を廃し、王弟殿下を皇帝にするべく、会談の場をもったのだ。


 と言っても、カダフィードはまだ冬だ、世間的には春なので皇都の王弟殿下のタウンハウスに招かれたのだ。タウンハウスの屋敷の室内で一休みしたあとで、春の庭園に招かれた。



 藤の花の下のテーブルセットには、紅茶とケーキなどをご用意してくださっている。

 花いっぱいのおしゃれな場所のアフタヌーンティーだ。


 そして今回、表向きは薬草などの販売取り引きだ。接触しても不自然とならない用事として、それを選んだ。



「そちらは春祭りの準備で忙しい頃でしょうに、お時間をいただけて感謝いたします」



 私は華やかな笑顔を添えて恭しく挨拶をした。

 どの道皇太子が肖像画を描かせたらしいので、最早隠してもいない。



「妻は体調が良くなくて、ご一緒出来なくて申し訳ない」



 あら……。残念。でも、何か力になれるかも?

地球で得た知識がこちらには、ある。



「差し支えなければ症状をうかがっても? 多少なら医学の知識があります」


 医者のドラマや漫画をかなり見ていた……ので。


「目眩、そして食事をすると胃のあたりがムカつくと……」



 王弟殿下は気づかわしい表情になり、本当に奥様を心配されている優しい方のようだ。



「化粧品は、どのようなものを使っておられるのでしょうか? 鉛など入っておりませんか?」

「鉛? 私には女性の化粧品のことなどはまるで分からないが」


「化粧品、白粉などに体に良くない成分が入ってないか、鑑定にかけて調べた方がよろしいです。鉛が入るとのびがよく、つきがよいので使われることがありますが、鉛には毒性があり、中毒などをひきおこします、貧血と消化不良などであれば、その症状は、一応あてはまります」


「そ、そのようなことがあるのか……まさかの化粧品で」


「美しさを優先しすぎて健康を損なうことがあるのは昔からままあることです。こちらは葛を使った天然由来の安全な白粉で、こちらは化粧水です、奥様が回復されたらこちらをお使いになってください」



 このタイミングで化粧品のサンプルもばら撒く。夫人の味方も欲しいので。



「……あ、カダフィード夫人の美しさの秘訣はそれなのか? 急に変化しすぎだと思うが」

「申し訳ありません、あれは実は……不細工にみせる為のメイクでした」


「あ、皇太子に新婚旅行を邪魔されたとか……なるほど、この美しさなら、目をつけられてしまいますね」



 王弟殿下は私の顔を見て納得した後、気の毒そうな顔をしてくださった。



「最初は、はい、何故か王太子殿下と船でお会いしました。でも後から誰も追って来れない場所に移動しましたので、楽しく、貴重な体験をさせて頂きました」



 洞窟生活したとか、詳しくは話せないけど。



「そうか……それならよかった」

「薬草の売り込みの前に化粧品の売り込みのようになってしまったな」



 今までただ静かに見守っていたジュリウス様が会話に参加された。



「あ、申し訳ありません、つい、気になってしまい、ジュリウス様」



 最初はただのセールスから入った。

 焦ってはいけない。信頼を得て好感度を上げるところから。

 いきなり今の皇帝を倒してあなたが皇帝になって欲しいだの言われたら、警戒されるかもしれないし、この方はあまり野心家にも見えないから。



 私は紙とペンを用意し、走り書きをした。



「走り書きで申し訳ないのですが、こちらに消化によい食事のメモを書いておきました」



「親切にありがとう」



 王弟殿下は私からメモを受け取り、人柄の良さそうな笑顔を見せてくれた。

 好色スケベおっさんの皇帝と同じ血筋だとは思えないくらい。──あ、母親が違うんだった。



「奥様の健康の為ですわ、少しでも改善されるとよいのですが、あ、美肌と言えば、カダフィードには肌と健康によい温泉もありますので、こちらの冬が終わった頃にでも、静養がてらおいでくださいませ。あ、先ほどの化粧水にも温泉の成分が入っておりますが、これも天然由来なのでいいものですよ」



 つらつらとセールストークを続ける私。

 まるで営業職のように。



「おお、それはそれは、妻も喜ぶでしょう」

「そしてあちらが先日お送りしたものと同じですが、当家で売り出す、よく効く傷薬です」



 うちの騎士達が在庫を運んで来てくれた。



「先に試供品とやらを送っていただけたので、傷を負った騎士達に試しましたが、本当によく効くと絶賛していた、買えるだけ買いたいと思う」

「ありがとう存じます」



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