春の皇家主催のパーティーの準備で慌ただしくしているカダフィードのタウンハウスへ、とある書簡が届いた。
「閣下、緊急書簡です」
騎士がサロンに入ると、使用人から受け取ったらしい書簡を差し出そうとした。
「どこからだ? 書簡を読み上げろ」
サロンでは今、衣装室の店員を招いており、ちょうどジュリウス様が礼服の試着をしている時だった。
「ユングクスト子爵領より救援要請です。突如領地内にネクロマンサーが現れ、墓場から死者の死体を操って領地民等を襲っており、武勇に秀でている竜血公爵様にに救援をお願いしたいと……」
ジュリウス様はスッと目を細め、衣装室の者へ目を向けた。
「私の衣装はこれでよい、下がれ」
「かしこまりました」
◆ ◆ ◆
衣装室の者達を帰らせ、サロンの中は身内だけとなった。
ジュリウス様は長い足を組んでソファに座り、部下に地図を要求した。
そして私も夫たるジュリウス様の隣で鎮座している。
ちなみに私の衣装は先に出来上がっている。優先して作られていたからだ。
「ユングクストか、自領の騎士や傭兵ではどうにもならんのか……」
話しながらジュリウス様は受け取ったどこかの地図をテーブルの上に広げた。おそらくユングクストの地図なんだろうけども。
地図の上に騎士が赤黒い魔石を目印のように配置していく。
「ここと、ここと、ここにも……荒らされている墓場が分散している事と、なにぶん敵が既に死んでいる者ゆえ、苦戦しているようです」
「死体を動かしてるネクロマンサーを見つけられないのか?」
「それが……巧妙に隠れているらしく」
魔石を手にしている騎士は渋面を作った。
「仕方ないな、こちらも皇家主催のパーティーの支度に忙しいというのに」
夫は出陣を決めてしまわれた!
「パーティーでの奥様のエスコートに間に合うようにほどほどで切り上げるしかないですね」
「まさか……それが狙いで各地でネクロマンサーが騒乱を起こしてる訳ではないだろうな?」
ジュリウス様ははっとした。
「さあ、魔族の仕業か、人間が手引きしているかは今のところは不明でございますね」
「つまり、旦那様はゾンビと戦う為に主張されるのですね……」
「ゾンビ? つまり屍人との戦闘になります」
ゾンビはこちらでは聞き慣れない響きだったようで、騎士が屍人と説明した。
「あの、私も何かお手伝いがしたいです」
私も遠慮がちに手を挙げたら、ジュリウス様が眉を跳ね上げ、眉間にシワを寄せた。
「セシーリア、そなたはここで大人しくしていろ」
と、夫はもっともなことを言う。
「危険です」
騎士も止めてくる。
「鳥を使って上空から聖水爆弾を落とすとかならどうです? 流石にゾンビ、いえ、死者は飛ばないでしょう? 地上の徒歩移動でしょう?」
「それは……そうですね、奴らの移動は大地の上ですね」
騎士は意表を突かれたような顔をして答え、ジュリウス様は腕を組んで渋面を作っている。
「聖水の水溜まりトラップとかも……あるいは有効かもしれないでしょう? 別に最前線で武器を振り回すだけが戦いではありませんし」
ゾンビ達って高確率で大きい音を立てたら寄ってくるし、そいつらが知らずに誘い込まれた水溜まりに足を突っ込んだらギャーーッってなる感じで。
いや、ゾンビの声帯が生きてるのか微妙だけど。
「しかし、水を大量に移動させるのも大変かと」
「スクロールで私が移動すれば樽に入れた聖水を魔法の倉庫から出し入れっていう手が使えるのですよ」
「……いえ、やはり、奥様は安全なところにいてください」
騎士は腕組みして難しい顔をしてるジュリウス様を見てそう言った。
「これが魔族ではなく人間の、皇太子の策略ならば私が危険に晒されるのは、奴らの嫌がる状況のはずなんですよ」
「奥様は恐ろしくはないのですか?」
騎士は困り顔で問うてくる。でも、ここで引き下がる訳にもいかない。
「このまま自分は安全圏で守られるだけで何もせずにジュリウス様に何かある方が恐ろしいですよ。そもそもジュリウス様がいなくなれば私に安全圏は無くなるのですから」
「まったく、セシーリアは言い出したら聞かないな、アレの鍵を渡したのは失策だったか……」
ジュリウス様の言葉にビクリとして私は言い募る。
「あの鍵だけは! 貰ったからには返しませんよ! 宝石やドレスなら返せますけど!」
「何も返せとは言わない」
「そ、それなら良かったです」