「セシーリア、実はな、聖水は貴重でかなり高いものだ」
あっ!! 金額のことを失念していた!!
「えーと、でも、それは……支援要請してきた子爵にお代を請求できるのでは?」
「侯爵クラスならともかく、子爵だからな、無理は言えないな」
そ、そこまで高価なものだった!?
やはりヨガのポーズで悪魔憑きを疑われて使わせたの、めちゃくちゃもったいなかった!!
私はできることがなくなってがっくり項垂れた。
「大人しく春の社交パーティーの為に体調を揃えていろ」
「でも、見守るくらいはしてもいいですよね?」
「まさか、まだついてくるつもりか?」
「鷹とか……何かの鳥だけでもお連れください」
「ああ……なるほど、目を借りるのか。それならいいだろう」
◆ ◆ ◆
そしてジュリウス様達がゾンビ討伐へ出発する日の朝の支度の時間。
私は考え抜いて彼の部屋に来た。
今は早朝の5時くらいである。この世界、旅立つ時は車や飛行機がないので、遠征となればとても早いのである。
「こんな朝早くにどうした? そなたはまだ寝ていても良かったろうに……」
「朝の支度のお手伝いをしたくて……」
「具体的には?」
ジュリウス様は今から少し伸びた髭を剃るところだったのか、顎を触っている。
彼は精悍な顔立ちで、髭も生えるのだ。大人の男性なので……。
「お髭……剃りを手伝います」
「……やりたいのか?」
「……はい」
「酔狂だが、まぁ、いいだろう」
ジュリウス様は口角を上げ、私を洗面台へと絵流した。
……でも、よく考えたら……カミソリという刃物を手にして人体の急所近くに触れることになるので、これには最大級の信頼が必要なんだった。
「どうした? カミソリを手に固まったままでは準備が進まないぞ」
「あ、はい、ただいま……」
震えそうになる己の手を鎮める為に、私は深呼吸した。
「なんでこんなことやりたいと思ったのだ?」
「何か妻らしいお世話がしたくて……」
「これは通常、貴族の妻はやらないと思うぞ」
「そうかもしれませんね、貴族の妻ならせいぜいクロバットをとめるくらいでしょうか……」
私は頬や顎に白い髭剃り用のクリームを塗り、ソロリソロリと顎のラインに添わせて剃刀の刃を滑らせる。
「怖くはないですか? 信頼してくださって、ありがとうございます」
「怖いなら最初から刃物など持たせないだろう」
「……」
「己の妻を疑うものか」
───胸が、熱くなった。
いつの間に、こんなに信頼をいただけたのかと……。
「私は特別不器用しれませんよ」
「フッ、血がでても妻の仕業だと自慢することにするさ」
それは本当に自慢になるのかな? と、一瞬思ったけど、私が逆の立場であったら、心から信頼できる妻がいることは、幸せなことかもしれないと思った。
貴族同士など、ほぼ政略結婚、私達など、契約結婚から始まったはずなのだから……。
「……できました」
ジュリウス様は洗面台でお顔に残ったクリームを洗い流し、鏡を見ながら顎を撫でた。
「綺麗になったな、いってらっしゃいのキスをくれるか?」
彼は振り返ると、らしくもなくそんな事を言ってきたので、思わず面食らった。
「……はい」
結構恥ずかしいけど、私はめいっぱい背伸びをして、屈んでくれたジュリウス様の頬にキスをした。
◆ ◆ ◆
『凍てつけ……
鷹の目を借りて、ジュリウス様の戦闘を見守ってみた。
カダフィードの騎士は楽器のラッパを吹き鳴らし、金属の盾を棒で叩いたりして、大きな音を立ててゾンビ達をおびき出した。
そして群れをなすゾンビがジュリウス様の絶対零度の魔法で凍りつき、それを騎士達が粉砕していった。
……ジュリウス様、めちゃくちゃ強いな。
既に街中にゾンビが散らばっているため、表通りには一般人がいない。
だから強い魔法を遠慮なく使えるらしい。
ただ、やはりゾンビがだいぶ散らばっているので、掃討作戦にだいぶ時間がかかりそう。
私は現地に行けない分、タウンハウスの長椅子に体を横たえ、目を閉じて遠距離にいるカダフィードの皆の戦闘を、鷹の目を借りて見守ることにしたのだ。