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第66話 戦場から

 戦闘は既に日中から、夕刻になった。


 ジュリウス様が、万が一にも私のエスコートに間に合わない場合、一人であの敵だらけの陰謀渦巻くパーティーに行く羽目になる。


 ヒリヒリした空気を感じながら、私は鷹の目を使いつつ、ゾンビと戦う戦場にいるカダフィードの騎士達と、ジュリウス様の様子を見守った。



「ははは、こんなところにいていいのか? グズグズしていると明日にはお前の妻は他の男のものになるかもな!?」

「なんだ、貴様は? 何を知っている?」



 次々にゾンビを倒していたジュリウス様だったが、ふいに夕闇の中、上空から現れた赤い眼の魔族と対峙した。


  そいつは明らかに人ではなかった。コウモリの羽根をもつ、黒い衣装の男の魔族。


 カダフィードの竜血公爵相手に、こんな煽りを使えるのはほぼ人ならざる者だ。



「ニンゲン共も一枚岩ではないと言う事だ」

「……では、人間に頼まれて死者の眠りを妨げたのだな、貴様らは、お前がネクロマンサーなのか?」



 魔族は赤い眼を細めて笑った。

 肯定なのだろうか?

 そしてやつの手のひらから放たれた赤黒いオーラが、ジュリウス様に向かって放たれた。


 ジュリウス様がその不吉なオーラを振り払う為に自らもオーラを放った。


 しかし、何故か吹き飛ばせない!

 赤黒いオーラに包まれてしまったジュリウス様!



「……くっ、精神攻撃か!」



 ジュリウス様が忌々しそうに顔を歪め、頭を押さえた。

 その赤黒いオーラは体より、精神にくるらしい。彼が膝をついた。その瞬間にゾンビ達が今が好機とばかりにジュリウス様に向かって群がって進む。



 いけない!

 そう思った瞬間、鷹の目を通し、木の枝の影から一部始終を見守っていた私だったが、魂は己の肉体を飛び立ち、鷹の体を借りて赤黒い霧を操りつつ空中に浮かぶ魔族の頭部目がけて突撃した。



「うわっ! なんだこの鳥は!? どこから!?」



 魔族にバシッと、払いのけられ地に落ちた、鷹の身の私。


 けれどその瞬間、赤黒い霧を吹き飛ばし、金色のオーラを纏ったジュリウス様が空中に浮かぶ魔族のところまで一気に跳躍して、魔族を斬りふせ、着地した。



 群がってきていたゾンビも金色のオーラを纏った斬撃に次々と倒されていく。


 ────多分、ジュリウス様からヒューゴ様の人格が表に出てきたと、なんとなく直感で分かった。



「凄まじい殺気だ! 閣下!」



 今のヒューゴ様の殺気は、味方のカダフィードの騎士達にも刺さるらしかった。

 カタカタと身を震わせながらも騎士が叫ぶ。



 ヒューゴ様は地に伏せる鷹の私のもとに駆け寄って来た。

 視界が霞んできた……地面に叩きつけられた衝撃による脳震盪だろうか?


 ヒューゴ様の大きな手が、鷹の私の体に伸ばされ、私の意識はそこで途切れた。



「奥様!? しっかりなさってください! 奥様!」



 気がついたら、口から吐血していた私の体をメイドが揺さぶっていた。


 地面に叩きつけられ、ダメージをうけたのは鷹の体だけではなかったようだ。


 皇都のタウンハウスという遠距離にいながらも、鷹の体を乗っ取ったはずの私は、館の長椅子の上で目を醒ましたのだ。


「頭が……痛いわ」



 私は口から血を流しつつ、ズキズキと痛む頭を抑えた。



「すぐに魔法使いを呼びます!」


 そして、メイドの叫びを聞いた後、再び私は意識を失った。



 ◆ ◆ ◆



 ついに翌朝。

 いつのまにか、夜が明けていた。

 けれどジュリウス様はまだタウンハウスに戻ってなかった。



「吐血されたので魔法使いが言うには、しばらく鳥の目を使うのもやめた方がいいとの事です、それにもう、自宅をしてパーティー会場へ向かわねば……」 

「そう……」


 まだ、頭が痛い……。

 体調不良を言い訳に、パーティーを欠席したかったけど、招待状の印章は皇帝のものだったから、そうもいかなかった。


 震える体に鞭打って、私は着替えを始めた。


「旦那様は、まだ戻られませんね……」



 メイドが心配そうに私の体を支え、一緒に馬車に乗り込んだ。

 私は陰鬱な気分で皇城へと馬車を走らせる。


 ややして城の城門をくぐり、車寄せに到着した。

 車寄せはつまり、馬車を停める所である。



 春の皇帝主催の社交パーティーが開催されるこの日、皇城の庭園には馬車から降りた多くの貴族達が集っていた。これからパートナーと合流した者達も、大広間に向かうのだろう。


 微笑みを浮かべ、令嬢の手をとる令息達の姿を横目に、私は一人で会場に向かおうとした。

 せめて、兄か父がいれば、身内にエスコートを頼めるのにと、周囲を見渡した。


「どうした? カナリア、だいぶ顔色が悪いな」



 目の前に現れたのは、私の兄でも父でも夫でもなく、皇太子だった。ゆっくり私に歩み寄って来る。

 ……虫酸が走る。


 ────やはりお前の仕業なの? 私の夫に余計な仕事を増やし、今日のパーティーのエスコートに間に合わせないようにしたのは?

 思わず、皇太子を睨みつけようとしてしまったその時、



「セシーリア!!」


 声が聞こえた。待ち侘びていた人の声が。


「旦那様!!」



 私は私に向かって差し出された皇太子の手を取ることなく、横を通り抜け、ジュリウス様の方に駆け出し、彼の胸元に飛びこんだ。



「なんとか……間に合ったな」



 おそらく彼は転移スクロールを使ったのだろう。

体からはまだ少し、鉄か血の匂いがするけど、戦場から急いで駆けつけてくださったのだ。



 ───私を守る為に。

 私はジュリウス様に抱き締められた。

 彼の腕の中でじわりと涙が浮かぶ。



「竜血の……血の匂いがするな? 湯を使った方が良さそうだぞ」


 皮肉げな皇太子の声が耳障りだった。


「戦場から直で参ったもので、失礼致しました」

「このように夫がお疲れなので、帰ってもよろしいですか?」



 私はどさくさに紛れて帰ろうとした。



「まさか! パーティーはこれからだぞ、湯殿の用意をさせるから、使うといい」


 クソ!! やはりダメか!

 皇太子は腕を組み、城内を顎で示した。

 どうあってもあちら(城)に行けということらしい。


 皇女が皇太子の元に駆け寄ってきた。



「お兄様! 急に姿を消すのはお止めくださいまし!」

「ああ、すまない。少々来賓の出迎えをな……」



 もう皇太子の顔など見たくも無かった私は、そのままジュリウス様に付き添い、城にある浴室へ向かった。



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