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第67話 入場


 浴室でジュリウス様が身を清めている間、大急ぎでジュリウス様の着替えを用意した。


 私の魔法の宝物庫に予備があってよかった。

 なんとか着替えを済ませた。


 ちなみに本日の私は既に肖像画の件で変装も不細工メイクも無駄であろうと、本来の姿で来ている。



 ◆ ◆ ◆


 社交界パーティーの開催される夜。


 皇城の大広間へと続く磨き上げられた大理石の床を上を、革靴、ブーツ、ハイヒール等で、カツカツと、踵を鳴らして歩く者達。


 豪華なレリーフの刻まれ、立ち並ぶ柱の真ん中を優雅に進む。


 色とりどりのドレスを来た令嬢や夫人達、そしてエスコート役の華やかな礼服を着た男性達。



 華麗な装飾を凝らした大きな扉は既に開かれていて、我々はそこをくぐる。


 シャンデリアの光が水晶の輝きを散らし、皇室お抱えの楽師達の演奏が、更に華やかさを添えている。


 貴族達は笑顔の裏で欲にまみれた黒い思惑を隠し、表向きだけはとても優雅で、この贅を凝らした会場は特権階級の者達にとって、ある意味戦場だ。


 そしてこのような催しでは身分が下の者から入場するのが通常であり、騎士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵までは既に入場していた。


 そして車寄せの側での騒ぎを見た者もいるだろうけど、普段はあまり社交に顔をださない、若くして名門を継いだカダフィードの誇る竜血公爵たる旦那様が入場の際は、やはり一際会場内がざわめいた。


 銀髪に金色の瞳、高貴な黒の礼装の襟と袖口には銀糸の蔦模様の装飾。首元には私のドレスの色を意識したエメラルドの装飾付きのクラバット。


 威風堂々たる姿で、凛と背筋を伸ばして歩を進める。


 その隣には、以前とうって変わった姿の私がいるので、そこもやはり驚かれている。


 本日、私の着ている淡い緑色のオーガンジーを重ねたグラデーションのドレスは春風のように軽やかで、裾に施された銀糸のお揃いの蔦模様の刺繍が光を帯びてきらめく。


 皇家からの贈り物のドレスやアクセサリーは身につけなかった。ドレスと言えば、なんで人妻にウエディングドレスみたいに真っ白のドレスを贈ってきたのか、本当にキモい。



 私は張り付けたような微笑を浮かべつつ、内心は早く帰りたいと思っていた。


 私にとっては、向かう所、敵だらけだからだ。


 貴族たちの視線を一身に浴びながらも、広間の中央から壁際へ進んだ。

 本日は隣を歩く旦那様に恥をかかせないように身綺麗にしてきたけど、別に目立ちたくはないのである。


 やがて、広間の中二階の奥に設えられた扉が重々しく開き、皇帝一家の入場が告げられた。


 楽団の音色が一層荘厳な調べに変わり、会場全体が息を呑む。


 好色な皇帝が最初に姿を見せる。黄金の刺繍が施された深紅のマントをまとい、尊大極まる表情を浮かべている。


 隣には皇后がいて、微笑を浮かべているが、ライバルは容赦なく殺す女である。

 そう皇帝に側妃にと望まれた私を、嫉妬で殺した女だ。


 その身に纏うは血のように赤いドレスで、金糸で豪華な薔薇の刺繍がなされている。

 あの女には棘のある薔薇が確かに似つかわしく思う。



 続いて、先程も見たけれど、皇太子と皇女が並んで入場してきた。


 皇太子はいわゆる細マッチョと言われるような体躯であり、長い足で階段をゆっくり降りてくる。


 白の礼装に金糸の刺繍入りの服。白……私に贈られてきたドレスが白だったので、改めて見ると……この服と合わせてあつらえたものなんだろう。


 一方、気の強そうな目つきの皇女は皇后によく似ていて、本日は春めいたピンクのドレスに身を包み、髪に挿したルビーとダイヤの髪飾りが揺れるたびに光を放っている。


 皇帝一家が玉座に近い高壇に揃うと、楽団が一際華やかなファンファーレを奏で、貴族たちが一斉に頭を下げる。


 皇帝が軽く手を上げると、会場は再び活気を取り戻し、パーティーが本格的に始まった。


 そして皇帝一家の視線が何やら自分に刺さっているのを感じた。

 やつらの嫌な視線に背筋に冷たい汗が伝い、心臓が早鐘をうつ。



 「カダフィード夫人、以前とは打って変わった姿で驚きましたわ、一体どうなさったの?」



 皇女が好奇心に負けた顔をしていきなりズバリと問いかけてきた。流石皇族、遠慮がない。



「皇女殿下にご挨拶申し上げます。実は……最近当家で開発しました化粧品やお薬が効いたようです」

「まあ! 素晴らしいわね、私にも手に入るかしら?」


「はい、手配させていただきます」

「あっ! 良ければわたしくしにも!」

「私にも!」



 続々と便乗しようとする女性貴族達が声を上げてきた。

 わざと描いていたシミ・そばかすが一気に消えて劇的ビフォーアフターな姿なので、仕方ない。


 ぶっちゃけ誇張と虚偽が混ざってるけど、でもカダフィードの温泉が体に良くて肌のコンディションは整えてくれたのは本当だし、化粧品に温泉成分も入っているから、全部が全部嘘ではない……よね。


 しかし、それより、私に絡みつく皇帝のねっとりとした視線と、それに気がついた皇后の目が……怖い。

 やはり皇太子のみならず、この皇帝の性質は変わらないから最大限の警戒をしないといけないみたい……。


 私が奴らからの視線から逃れる為に顔を伏せると、ジュリウス様が私を引き寄せ、一緒に壁の方に歩き出してくれた。


 やがて楽団の音楽が切り換わり、ダンスの時間になった。舞踏大会の開幕だ。

 意中の女性に声をかけようと男性達が動き出す。


 私がジュリウス様と壁際に移動していたら、こちらを追いかけ、近づいてくる足音があった。


 皇都に……春の嵐が吹き荒れそうな気配を感じる。

 窓の外には、いつの間にか暗く厚い雲が集まってきて、月を隠そうとしていた。









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