「セシーリア、私と一曲踊ってくれないか?」
この皇太子、また勝手に人妻をファーストネームを呼び捨てにする!
──でも、落ち着いて、私。
腹がたっても相手は皇族。まだあからさまな敵対意思を見せる時ではない。
「皇太子殿下、お戯れを。ファーストダンスは婚約者の方か皇女殿下と踊られてくださいませ」
私は作り笑顔でやんわりとお断りする。
「皇太子殿下、私の妻に無茶を言わないでください」
ジュリウス様も、私を庇おうとしてくださるけど、
「私に決まった婚約者などいないし、毎回妹となんて味気ないだろう? それに君達二人はダンスを踊るどころか、壁際に行こうとしているではないか」
大人しく壁の花になろうとしていたのに、まだしつこく私に絡んでくる、この皇太子ときたら。
「夫は遠征先から急いで戻った所で疲労していますし、恥ずかしながら私は病弱ゆえダンスレッスンが十分ではありませんでしたので、皇太子殿下のお相手など務まりません」
そろそろわざわざ自分を下げてでも断っている私の努力を認めて欲しい……。
「だが、セシーリア、君は踊れないことはないだろう?」
「夫と違い、初見の方だと慣れていませんので、足を踏んでしまいます」
「いくら踏んでも構わないぞ」
皇太子はまだ笑顔を崩さない。
こんなに断られてるのに、どんだけ食い下がるのよ!
「皇太子殿下の足を踏むなど、とんでもないことです……ゴホッ、コホン!」
もうこの際咳にも助けて貰う!
「このように咳き込んでおりますし、私の妻は病弱なのでダンスはご容赦ください」
ジュリウス様は私をそっと抱き寄せ、己のマントと腕の中に私を隠すようにした。
夫の腕の隙間から見たその時の周囲のレディ達反応が、きゃっ♡素敵♡みたいな反応だった。
「やれやれ、仕方ないな」
やっと皇太子が私とのダンスを諦めてくれた!
こんな時だけ持病の咳に助けられる。
「最低限、顔出し出来たので、挨拶すべき人に会って、皇女殿下に化粧品を献上したら、ほどほどで帰ってもいいでしょうか」
「どうあっても私を出征させたいなら、ここで事を荒立てるのはあちら側としても得策ではないはずだし、そうするか」
効率的にも、貴族達の反発を減らす為にも、恐らくは魔族討伐に行かせた方がやつらとしても得策のはず……。
私達は今後味方になってくれそうな帰属と挨拶を交わし、皇女殿下宛に本人しか開封できない箱に入れて化粧品を届けた。
毒など仕込まれては困るからだ。
◆ ◆ ◆
〜 皇后サイド 〜
春のパーティーが終わった後に、皇后は自室で殺気だっていた。その部屋には信頼できる侍女一人と、最近気に入っている占い師の女だけがいた。
占い師はフード付きの外套をまとい、手袋をし、シワだらけの醜い顔を隠すようにしていた。
皇后は先程のパーティーで皇帝の色欲混じりの視線がカダフィード夫人に注がれていたのに気がついていた。
そして息子たる皇太子からもカダフィード夫人を自分のものにしようといていると、あらかじめ忠言を受けていたからだ。
「なんなの! 皇帝ともあろうものがあんなデビュタントを終えたばかりの小娘に執心するなんて! しかも既に人妻だと言うのに!」
皇后は腸の煮えくり返るような怒りに支配されていて、手にしたワイングラスを振り上げ、床に向かって投げつけ、グラスは大きな音を立てて砕けた。
「しかも、皇太子殿下まで執心してるカダフィード夫人相手だなんて……カダフィードは大事な北部の守り手ですのに」
侍女も皇后におもねるように不敬ながらもそのような言葉を吐く。
「だから……竜血公爵をわざわざ魔族討伐に行かせ、あらゆる魔力の多い家門から戦力を集めて守らせるんでしょう……。しかし腹は立つわ……あの男の女癖の悪さは治らない……どうしたものか……」
皇后はギリギリと己の爪を噛んだ。
「こ、皇后様、爪を噛まれては鳴りません」
侍女が慌てて皇后を止める。
「ま、また無意識に昔の悪い癖が……」
皇后は己の剥げた赤い爪紅を見て、忌々しげな顔をした。
「……皇后様、策が無いわけではありません。穏便な方法ではありませんが、皇后様はこれまでずっと耐えて来られました……」
占い師は鎮痛な面持ちで、掠れるような声で囁いた。
「占い師よ、聞こうではないの……どんな方法があるの?」
皇后が狂気じみた暗い笑みを浮かべると、占い師は袖の中から巾着を取り出し、その中から乾燥した植物を取りだして見せた。
それはカラカラに乾燥して枯れてはいるが、紫色の花がついているのが分かる。
「これを国王陛下のお飲み物に少量ずつ混ぜてください、やがて正常な判断能力を失い、皇后様の意のままになる事でしょう」
「……麻薬? いいわね、それ……とってもいいわ……」
皇后は淀んだ瞳に狂気じみた色を浮かべた。