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終章

第70話 遅い春の中で

 〜 ジュリウスの側近騎士コンラート視点 〜



 春の社交パーティーの為に我々は帝都にあるカダフィードのタウンハウスにいる。


 この私、文官兼騎士たるコンラート・ローレンツ・ノールディも、書斎にて本日も業務をこなしている間のこと、先ほどから書斎と向き合っておられた閣下がそれを封筒に入れ、手渡してこられた。



「コンラート、そなたは文官も担っているからちょうどいいな、これを頼む。顧問弁護士に預けておいてくれ、こちらは神殿宛だ。不正改竄防止用に二通だ」



 私は書類の封筒の上に分かりやすく書いてある文字を見て、思わず目を見開く。



「閣下、これは……」

「見ての通り遺言状だ。私に何かあった時に、

妻の先行きがなるべく苦労少なくなるようにしてある」

「……かしこまりました」



 全く浮いた話のなかった閣下と伯爵令嬢の急な婚約は契約結婚なんだろうと皆、噂していた。

 実際出会った当初は警戒されていて、人柄を審査する様子も見て取れた。


 だけどここまでなさるなら、今は本気で愛しておられるのだろう……。


 実際、あのセシーリアという奥様は、見た目が天使のように美しいだけではない。


 そう、辺鄙な場所にいる村人の為にゴブリン退治に出かけたり、騎士の悩み相談にのってくださったり、金をかけて作った温室で育てているものは貴族同士の自慢の種になる華麗な花々よりも主に薬草だ。領地の収入になるようにと。


 閣下が留守の時も身体も弱いのに、精一杯領地を守ろうとしてくださった。


 なんとか、あの無茶ばかり言ってくる現皇室を打倒し、生き延びてお二人にはぜひ幸せになっていただきたいと思う。



 ◆ ◆ ◆


 私は閣下の願い通り、無事、遺言状の件を片付けた。

 そして本日は執務室にご夫婦が揃っている。


「ジュリウス様、こちらですが、皇女殿下から化粧品の御礼状が届きました。無事に御本人に届いたようです」

「そうか」

「それとこちらは王弟殿下の奥様からのお手紙で……」



 本日も仲睦まじくお話をされている。


 奥様は山と届いている招待状から厳選し、何人かの貴族に会いに行かれた。


 表向きには商品を売り込んだりする為の社交活動をされている。

 商品販売の為に財団の設立までされているし、お二人は最近、皇都の大きな庭園にて社交の為に、よその領主夫妻とお会いになっていた時も仲良く湖に浮かべたボートに乗ってらして、微笑ましい限りだった。



「ああ、そう言えばこちらからも報告がある。セシーリア、そなたの願い通りに皇都近くの領地にあった廃教会をひとつ買いあげたぞ」

「ありがとうございます、ジュリウス様!」



 確かに閣下はセシーリア様の願いで皇都近くの領地にて、廃教会を一つ買いあげた。


 掃除の人間を手配して教会内の清掃と修繕をした後、実際に見に行くことになったので私も護衛として同行した。


 するとセシーリア様は神父や巫女の入る茶色で木製の懺悔室に入った。

 中に入ってしまうと、誰が入っているかは見えなくなる。


 セシーリア様は、神職の者が入る側に、閣下は懺悔する人間が入る方から、密室となる懺悔室に入って行った。


 あんな所にわざわざ入って、お二人で何をされているんだろう?


 お二人が外に出た時、何故かセシーリア様の顔が赤くなっていた。

 本当に何をされていたのか? 閣下は懺悔の代わりに愛の言葉でも囁いたのだろうか?


 これはまさか恋人同士の密会する場所として流行ったりするのだろうか?



 疑問を抱きつつも我々はカダフィードへと帰還した。


 カダフィードに帰ってから、閣下はまだ寒さの残る我が領地にて眠る御両親の墓地のある丘へ向った。

 こちらはまだ寒いので、奥様は別邸でお留守番だ。



「父上、母上、私は領地の他にも……この命に代えても守りたい存在ができました。どうか……見守っていてください」



 静寂の中で、静かに語られた、閣下のその告白は我々護衛騎士の耳と心にも届いた。


 帰り際、雪の中から春を知らせる花の蕾が、ごく僅かに頭の方だけ出しているのが見えた。

 咲くと青とピンクの可憐な花だ。


 そろそろカダフィードにも、春が来るのだ……。

 この春の兆しを纏う空気を、私は思い切り吸いこんだ。


 我々も、この地と主人達を、きっと守るぞと、心に刻みながら。











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