〜 ジュリウス視点 〜
私達はその日、いつも通りの魔獣の数減らしの任務に出ていた。そこは魔獣の住まう森の中の渓谷。
ふと、谷の上から嫌な気配したので頭上を見上げると、急に丸太が降って来た。
我々騎士達は間一髪で避けながら危険地帯を走り抜ける。足腰には魔法使いによる筋力強化の魔法がかけられている。
「閣下! 上から丸太が落とされてきます!」
崖の岩に激突しながらも丸太が次々と、落とされてくる。
「見れば分かる! オークのやつら珍しく頭を使う! 炎槍放て!」
谷の上に向かって砲台に固定されていた炎を纏う槍が風魔法の援護を得て飛んだ。
上にいるのはオークの集団だった。
「オークの数が多い!」
「怯むな! 落ち着いて敵を撃て!」
オーク達の絶叫が谷に響き、そこかしこに焼き焦げた匂いと血と砂煙の混じる空気が充満してくる。
「炎槍命中!!」
そして飛び降りてくるオークの群れ。
「敵陣! 降りてきました!」
「休むな! 撃て!!」
「はい! 次射装填! 放て!」
◆ ◆ ◆
〜 セシーリア視点 〜
遅い春の訪れを迎えたカダフィードの城の執務室で、私は文官達と、そして書類に囲まれ忙しくしていた。
「奥様、開発を頼まれていた農機具が倉庫に届きました」
「ええ、ありがとう。後で確認に行きます。そして畑の作り方をまとめた追加の資料本は完成したかしら?」
「はい、それはこちらに届いております」
私の目の前の文官は部屋の隅にある箱を指し示し、執事が箱を開けて中身の本を取り出して持って来てくれた。
私は執事から本を受け取り、ページを丁寧にめくりながら中を確認しつつも文官に語りかける。
「例の貰った土地での収穫だけでは安泰ともまだまだ言えないわ、寒さに強い植物、耐寒性に優れた植物の研究も引き続きおこなうようにと、農林部に伝えておいて」
農林部という部署も、新しくカダフィード内にて設立した。
つまり地球においては農林水産省みたいなやつ。ただ、一国レベルの規模でなく、あくまでカダフィードという北部領地内でのみ設立されている。
「かしこまりました。こちらは薬草の売り上げになります。ご確認ください」
「ええ」
「ずいぶん仕事をしているな、セシーリア」
ジュリウス様が執務室へと入って来た。お風呂帰りの雰囲気を纏って。
午前中に魔獣退治をされて来たので、お風呂に行ってから、こちらに来られたのだろう。
まだ髪が少し濡れていて、セクシーである。
「ええ、私のせいで戦いになるのにのんきにしてはいられません。ところでお怪我はありませんか? 本日は出迎えに出られず申しわけありません」
多忙だった為、旦那様の帰還の時にも顔も出せなかった。
「大事ない。そしてもとから魔獣と戦う地だぞ、ここは」
「魔獣と魔族はだいぶ戦力に違いがあるでしょうし、敵は魔族のみではありませんし……」
皇帝の従える軍隊は人であるからして……。
「……心配性だな」
「それは、不死でもなければ心配しますとも」
自分も前世であの皇后に殺されているのだし……。危険はそこかしこにある。
旦那様は少し切なそうな目をして、私に手を伸ばした。
「息抜きも必要だ、少し出かけよう、領地の視察もかねてな」
「……はい」
そうして私はジュリウス様のエスコートで春の訪れた領地にて、民の様子なども見てきた。
土地に住む皆の様子も明るく、活気に満ちていて、楽しげに祭りの準備も進められていたし、街の一画には既に昼からお酒を飲んでいる大人達のスペースが出来ていた。
「今年の冬は飢えに苦しむ人も少なくてよかったなぁ」
「これから秋も楽しみねぇ、この分だとしっかり収穫できそうだし!」
「新しい畑のやり方には最初はとまどったけど、結局はよかったな」
「収穫が増えると収入も増えた、大助かりさ」
「おい、おめえのとこ、人手は足りてるか?」
「人を雇ったから問題ないさ」
領民達はわいわいと酒を飲みつつの噂話に花を咲かせている。
◆ ◆ ◆
一方、その頃の帝都の社交界のガーデンティーパーティーは同じ派閥の者達だけで集っていた。
咲き誇るいろとりどりの花の側にて賑やかに、華やかな装いの令嬢や婦人達が噂話を楽しんでいた。
それはそれは木々の枝にて集い、囀る鳥のごとくに。
「ミッテン侯爵令嬢、最近肌艶がよろしいのね? 秘訣をお聞きしてもよろしくて?」
「うふふ、気がつきまして? 最近使っている化粧水が肌にあっているようなの」
「化粧水?」
「ええ、化粧水というものをお肌に塗るんですの」
「そ、それはどちらで手に入るのですか?」
ガタンと一斉に椅子の向きを変える令嬢達が一つのテーブル席に注目し、耳を凝らす。
「カダフィードですわ」
侯爵令嬢は誇らしげな顔でそう言った。
「あんな寒くて魔獣から取れる魔石や素材以外何もないようなところから?」
ついに耐えられなくなったとある令嬢は席を立ち、侯爵令嬢のテーブル席まで移動して声をかけた。
「あちらに嫁いだ元伯爵令嬢の若奥様が、かなりのやり手のようですの、なにしろ王弟殿下の妻君も使われるほどでしたので、当家も入手しました」
「やり手ってレベルではないですわ。アカデミーにも通わずどこからそんな知識を得たのやら」
「病弱とお聞きしておりましたのにねえ。ところでやはりそんな才女だったから、急に竜血公爵も結婚を決められたのかしら? 全く浮いた話がなかったというのに」
「いえ、先日の皇家主催のパーティーで御覧になったでしょ? あの可憐な美しさを! やはり美貌では? 一目惚れしてもおかしくありませんもの」
「そうでした! あのご夫婦、早々に帰られましたが」
「そう言えば……皇太子殿下までカダフィード婦人を追いかけ回してらしたでしょう?」
「ああ、そうでしたわ。でもカダフィード夫人ったら、皇太子殿下のダンスの誘いを頑なに断ってらしたわ。かなり不敬では?」
「あの時も夫人は咳してらしたから、やはり病弱なのでしょう」
「その身体の弱さで竜血の子が産めるのでしょうか?」
「子を産む代わりにその化粧水とやらの商品を作って領地に貢献しているのでは?」
「とはいえ、女性はやはり後継者ぎを生まねば……話になりませんわよ」
「あぁ、跡継ぎと言えば、うちの三男の兄があの寒い土地へ派遣される可能性があるとか言って嘆いてましたわ、後継者以外の魔力持ちは要警戒だとか」
「どういうことですの?」
「大きな声では言えないのですが、実は……」
令嬢が広げた扇子の内側で話す会話の声はかなり小さい。
「え? まさかそんな事……」
耳を近づけて話を聴いていた令嬢は思わず眉を寄せる。
「あのお強い竜血公爵が簡単に死ぬ筈ないですわ、一騎当千の将なのでしょう?」
「簡単ではなくとも、先代が魔族との戦いで亡くなっておりますでしょ」
「あ……っ」
そしてまた違うテーブル席でも噂話が盛り上がっていた。
「そういえば、とある廃教会が最近復活し、修繕の手が入ってからというもの、娼館での女遊びの激しかった某伯爵家の三男がやたら懺悔しに通ってるらしいですわ」
「あら、懺悔室に通うくらいなら娼館なんかに行かなければいいのに」
「婚約者に相手にされてないのかしら?」
「結婚するまでは手をだせないのですから、耐えられないのでしょ、男性とはそういうものらしいので」
「まぁ! 嫌ですわ、不潔!」
下世話な噂話もセシーリアがあえてばら撒いた不吉な噂も、華やかなる社交界の裏で着々と密かに広がりつつあった。