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第73話 春、そして開戦

 ───冬の終わりの頃には、旦那様とベッドの中で足を絡めるようにして眠った。


 こんなに温かくて優しい時間が、ずっと続けばいいと思ったけど。

 冬に守られていた時がそろそろ終わる。


 ◆ ◆ ◆


 カダフィードにもついに春が来た。


 春には魔族討伐の為に出征せよという、皇家からの命令がある。

 だからついにその時がきて、反乱の戦いの幕開けの時がくる。


 最近皇帝の体調が悪いみたいだから、もしや出征とりやめにかならないかなとも思ったけど、やはり出征せよとのことだった。


 間者の調査によると、皇帝は皇后の手により、薬漬けにされたらしいけど、まだ皇太子が私を諦めていないから、旦那様の、ジュリウス様の存在が邪魔みたい……。


 皇太子とは温かい交流の一つもないのに、あの執着は正直怖い。

 でも、ジュリウス様以外のものになる気はないので、私も戦う。


 ──我々は夜更け過ぎの帝都の教会へと転移魔法で移動した。


「さぁ、兵糧攻めの時間ね」

「はい奥様。閣下が陽動の為に魔の森へと、出陣のフリで出られている隙に、迅速に済ましましょう」



 そして城にも地下通路から忍び込んだ。


 大勢だと目立つので護衛騎士二人と魔法使いを一人という護衛三人だけ連れて動きやすい乗馬服のようなものを着て、外套を被り、音を遮断する魔道具も装備している。


 私達はひんやりした地下通路を出て、隠密スタイルで敵の食糧庫へ向った。


 今から私の魔法の鍵で倉庫内の食料を奪うのだ。



 食料倉庫の見張りの飲物に睡眠薬を混ぜて飲ませ、首尾よく倉庫へ侵入する事ができた。


 一気に雪崩の如く魔法の倉庫へと、食料を入れて行く。


「ゴホッ」



 思わず咳き込んで、心臓が跳ねた。

 だけど、防音魔道具のおかげで外に声は漏れず、冷や冷やしたけど作業は完了した。


 敵が食料を備蓄してる数カ所を回り、同じ作業を完了させた。


 夜が明け、見張りが起きた時にはもう遅い。



 ──そして、夜明けが来た。

 皇城へと、挨拶程度の攻撃を仕掛けていく。



 ◆ ◆ ◆


「さて、開戦の狼煙を上げるか」

「はい、公爵様」


 カダフィードの軍勢が松明に火を灯し、狼煙をあげた。これを見れば、仲間に引き入れた王弟殿下達も動きだす。



 ◆ ◆ ◆



 朝になって薬の効果もきれ、倉庫前の見張りの兵士が目を覚ます。



「あれ? 俺、寝てしまっていた…!?」

「おい! 倉庫の中がもぬけの殻だぞ!?」

「なんだって!?」



 慌てて中を確認する兵士だったが、ほんとうにがらんとした倉庫内を見て、青ざめる。



「上空を見ろ! 何か黒いものが飛んでくる!」



 他の衛兵が叫びながら近寄って来た。



「鳥?……カラスの大群だ!」

「なんでカラスが群れをなして!? 不吉な!」



 私の配下たるカラス達の黒い影が、帝都の空を覆うかのように広がっていた。



 帝都防衛任務中の騎士達が騒ぐ。



「うわーーっ!! カラスが上から何か落としてくる!」

「赤い粉!?」


「目が! 目が滲みる! 痛い!」

「衛生兵!」

「ゲボッ、もしかして唐辛子!?」

「敵襲だ!! 人間の軍隊も来ているぞ! 早急に将軍と宰相様へ伝えろ! それと皇后様に!」



「敵の旗は見えるか!?」



 司令官が声を上げた。私は離れた場所から、茂みの中の鳥の目を通して状況を見守る。



「……複数あります!」



 カダフィードの軍隊とその連合軍が来ている。



「あ、アレは……王弟!? 皇帝陛下の弟君の家紋の旗が!」

「カダフィードの旗がある! 反乱だ! カダフィードと王弟が組んだ!!」


「どういうことだ!? カダフィードは確実に魔の森へ行ったはずでは?」

「とって返して帝都へと転移したんでしょう、伝令からの連絡が途絶えましたし」



「くそ! 王弟と北部最強の剣と盾が反乱などと! 考える限り最悪の組み合わせではないか!」

「早く貴族達に応援要請を!!」



 そしてしばらくした後、救援を待つ皇城へと残酷な報告が届く。



「何!? 動く気配がないだと!?」



 カダフィードの代役を建てるため、北部行きの辞令を貰った貴族達は皇帝への不満をつのらせていた為、この救援要請を無視した。


 ひときわ大きい破壊音が響いた後に、兵士の絶叫も響く。



「うわーっ! 城門が破られた!」



 カダフィードと王弟殿下の軍が首尾よく城門を破戒した音だった。



「皇太子殿下! 皇后様! お逃げください! カダフィードと王弟が反乱を企てました!」



 場内も慌ただしくなっている。悲鳴に爆発音に剣戟の音と、血の匂いが広がっていく。


 そして火事場泥棒のように使用人が金目の物をふところやエプロンに包んで逃げ出そうとしていた。



 この騒ぎに乗じて、私は変装をしたまま、護衛と共に場内に潜り込んでいた。

 私の前世での敵たる王妃の命を……取りに来たのだ。ついでに皇太子も倒せたら倒したい。

 皇女は他国に嫁いで命拾いをしているなと、思った。




 皇后は赤い髪を振り乱し、血相を変えて叫ぶ。

室内にたまたまいた籠の中のカナリアのおかげで内部の様子が私にも分かる。



「なんてことなの……!? 貴族達の救援は!?」


「それが来ません! 北部行きの辞令を嫌がった貴族達も反意を抱いたようです!」

「くっ! 何もかも他人の女を欲した皇帝のせいではないの!! 無能のクズが!!」



 ついに皇后は薬漬けになってベッドの上に横たわる皇帝の心臓に剣を突き立て、赤い血がベッドを染め上げる。



「皇后様!? こ、皇帝陛下になんということを!」


 絶命した皇帝を見た騎士が叫んだ。かつては権勢を誇った帝国の皇帝の死は、意外にも、あまりにもあっさりしたものだった。



「どうせ敵も城に侵入したのなら、奴らに皇帝殺害の罪を着せればいいわ! ところで皇太子はどこ!?」


「皇太子殿下なら、非常用の秘密通路に向ったと思われます」



 騎士がそう皇后に伝えると、皇后は慌てた。



「しっ! 声が大きいわよ!」




 そうね、秘密通路はバレては意味がないものね。


















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