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第75話 拉致と生け贄

 皇城からそう遠くない塔の中。

 そこは初夏なお温むことなく、ひんやりとした冷気が漂っていた。



「女達をそこの祭壇に寝かせなさい」

「こ、皇后様!? ここは!? まるで黒魔術の……」


 騎士達は担いで来た侍女達を取り落としそうに狼狽した。


 塔の中の一室、周囲にある物が異様だった。

 黒と赤のビロードの布の上に飾られたものは、禍々しい髑髏、ろうそく。クビの切られた鶏。


 そして意識の無い羊。

 どう見ても、生け贄だった。



「もうこれしか我々の生きる道はないのよ」

「く、黒魔術は国法で禁じられております……」



 騎士は掠れる声を必死で絞り出し、正論を説いた。



「反乱軍、いえ、賊が来たのを見たでしょう? 国が無くなりそうなのに、それを今言ってどうするの?」

「……」


 皇后は檻に入っていた眠る羊を引きずり出すと、その首をナタで落とした。

 赤い血が床に広がり、騎士達の足元にもそれは届いた。


 騎士はヒュッ息を飲んだ。荒事には慣れているはずの騎士が、思わず恐怖を覚えたのだ。




「さあ、その女達を祭壇に寝かせなさい……」



 皇后は再び濁る瞳で命じた。


 まるで魔力を帯びた声が、騎士の体を支配して、美しい侍女とメイドは祭壇に横たえられた。


 皇后は儀礼用の短剣を手にし、何かの呪文を唱えはじめた。

 黒いオーラが皇后の身を包む。



『悪魔よ、この生け贄を捧げる!!』



 最初に犠牲になったのは、メイドだった。

 心臓に短剣を突き立てられ、眠ったまま、文句も言えずに死んでしまった。


 その心臓から流れる血で、皇后は床に魔法陣を描いた。



『悪魔よ! 我が召喚に応えよ!! 我に汝の力を与えたまえ!』



 赤黒いオーラに包まれ、魔が現れた。

 それはヤギのような頭部を持つ悪魔だった。



『力を……望むか、人の子の女よ……』


『そうよ! 私の城に無礼にも踏み込んできた反乱分子を、戝どもを駆逐してちょうだい!!』


『戝の数が多いな……一人の生け贄では足りぬ』

『そう、ではあと二人……こちらはメイドと違って身分が高いから、それなりでしょう?』



 哀れな侍女二人も犠牲になった。騎士達は何もできずに皇后の狂気の行動を見守るしかできなかった。



『まぁ、人が人につけた身分など、我々にはあまり関係はないが、なかなか美しい女なので、多少の仕事はしてやろう』



 塔の中で不吉な低い声が響き、騎士達の全身が泡立つようだった。

 赤黒いオーラを纏う悪魔は、にたりと笑うと、塔から煙のように姿を消した。



『あっはははは! やったわ! 召喚に成功したわ! 悪魔が族を駆逐してくれたら、あとはセシーリアを捕らえて私は永遠の美しさを手に入れるだけ!』



 血なまぐさい祭壇の前で笑う皇后。その笑い声は狂気に満ちていた。


 ほどなくして、影がセシーリアを見つけて捉えたと伝令を送って来た。



 塔の外でカラスが一際高く鳴いた。



 ◆ ◆ ◆



 吸血コウモリ達が群れをなして急に城内に入り込んで、カダフィードや王弟達の騎士達を襲った。動きがすばしっこくて倒しにくいことこの上ない。



「なんだ、こいつら! 一体どこから!?」



 そしてヤギの頭部を持つ、いかにもな悪魔が騎士達の前に現れた。



「悪魔だ! 悪魔が現れた!! 公爵様! お気をつけて!」



 悪魔は獅子奮迅の戦いをするジュリウスの前に進み出た。


『ほう? 少しは遊べそうなやつがいるな』


 悪魔はジュリウスの前でコウモリのような羽根を広げ、にたりと笑った。


 ジュリウスは無言で悪魔に斬りかかった。 だが、切り裂いたのは、赤黒いオーラのみで悪魔は素早く身を躱していた。



「チッ!!」

『さあ、人間達を蹂躙せよ、我が下僕達! 殺して殺して殺し尽くせ!!』


 悪魔が下位の魔物達を召喚した。吸血コウモリにゴブリンにオークに、1つ目のサイクロプスが人間達に襲いかかる。

 城内は人と魔物との乱戦になった。


 そしてそこは既に恐怖と絶望の満ちた戦場であった為、それらは悪魔に力を与えた。



「いたぞ!」



 黒ずくめの男達が現れて私を指さした。皇后の影だ。

 突然現れた悪魔達と応戦する護衛騎士達がハッとなる。



「あ、あれはまさか! いかん、奥さまが!」



「上からの命令だ、大人しくついて来い!そうすれば手荒な真似をせずに済む」



 影は今度はすぐさま私を殺すわけではないらしい。ならば……、


「そう、分かったわ」

「奥様!?」



 私は皇后の所に案内してもらう為に、捕まってもいいような気がしたので、大人しく攫われてやることにした。探す手間が省ける。



「しまった!! 奥様が連れ去られた!」

「くそ悪魔ども! 邪魔をするな!」



 私を助けようとする護衛騎士達は悪魔の相手で手一杯だった。



「私のことは大丈夫! 自分の命を優先して!」

「そんな! 奥様ーーーーっ!」



 騎士達の悲痛な声が響く。

 魔物達は何故か影達には攻撃をしていない。

 奴らが攻撃するのは、我々の仲間にだけ……。


 私は影によって肩に担がれて、何処かに運ばれる、行き着いた先は、不吉なオーラを纏う塔の中だった。










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