皇后の影に囚われた私は肩に担がれ、塔に連れて来られた私は床の上に荷物のように投げ捨てられた。
「痛っ」
そしてそこで、黒魔術の祭壇を見た。
既に犠牲になった女性三人と動物の姿が見える。
この女、落ちるとこまで落ちたと見える……。
「領地に居るかと思いきや、近くにいてくれて助かったわ、セシーリア」
「あなた、なんという事を……」
「次はお前が生け贄になるのよ」
!!
「母上!!」
そこに登場したのは、皇太子だった。
「ダーレン、無事だったのね、よかったわ」
「母上! 何のつもりですか! この部屋は!?」
「今からセシーリアを生け贄にするところよ」
「なっ!? いけません! カナリアは私の!!」
お前のではない。しかし、か弱い女一人と見て、騎士にも囲まれてるせいか、拘束もされてないのは僥倖だった。皇后を生かしておけば、きっと犠牲者が増え続ける。
「諦めなさい、反逆者の妻など愛人にすらできないわ、極刑がここで早まるだけ」
「母上、残念ながら城は魔物だらけでもうめちゃくちゃです。どちらかと言うと我々が劣勢ですよから、彼女を人質にした方がまだ生き延びる術はあります」
私を背に庇うように立った皇太子……。
正直邪魔である。人質になってジュリウス様達の足手まといになるぐらいなら、ここで皇后と刺し違える。
「当代一の美女と名高いセシーリアを生け贄にすれば、悪魔もさらなる加護を与えてくれるでしょう」
「母上、まさかあの魔物達は……」
「もちろん反乱軍の島津の為に呼んだのよ」
「な……」
流石の皇太子もあの悪魔の突撃が母親の仕業だとは思ってなかったみたい。
「さあ、ダーレン、我が息子よ、そこをどきなさい」
「嫌です」
「仕方ないわね、騎士達、皇太子を取り押さえて」
「はっ!!」
「っ! やめろ!」
騎士達が皇太子を取り押さえた、その隙に、私は隠し持っていた暗器を手にして王妃に向かって投げた。
「っ!」
ガキン! 騎士達の他に、まだ影が残っていたので、細い針のような暗器は弾き落とされた。
「なんて手癖の悪い、まるで女盗賊ね」
皇后が短剣を手に、私の胸に短剣を突き立てようとした。
「「セシーリア!!」」
二人の男の声が重なった。ジュリウス様と皇太子の声だ。
塔の窓を破壊し、ジュリウス様が飛び込んで来た!
そして凄い速さで皇家の騎士と影を切り倒した。
そして皇后の振りかざした刃は、皇太子が身を持って私を庇ったため、私には届かなかった。
「ダ、ダーレン!! 私の息子が!」
間違って息子を刺してしまった皇后はさすがに狼狽えた。
「カナ……リア…無事…か」
まさか……見てくれだけで私を欲していたと思ったのに、命懸けで私を庇うとは思わなかった。
皇太子と皇后はほぼ同時に血溜まりに膝をついた。
「まさか、皇太子、お前が我が妻を庇うとはな……」
私は自分の外套を脱いで、皇太子のそれを皇太子の頭の上から被せた。
今から彼の母親を殺すので、目隠しだ。
例え母親の刺した剣のせいで、自らも死ぬ間際であっても、せめてもの情けのつもりで。
私は皇后に向かって、暗器の他にも奥の手として隠し持っていた短剣をマントの下、背中から抜き取って振りかざした。
でも、私の腕はジュリウス様に掴まれた。
「どうして、止めるんですか?」
私はジュリウス様を見上げた。
「優しいそなたに、殺しは似合わない」
その時、命を奪う音が聞こえた。
「カハッ」
全く予想外の所から、皇后が剣にて心臓を貫かれ、血を吐いて倒れた。
「え?」
皇后を刺したのは、ジュリウス様でもなく、一人の老婆だった。
一体いつの間に……この塔の部屋に入ってきたのか、全く気がつかなかった。
老婆はすっくと背を伸ばした。まるで老人とは思えないそゃんとした動きであり、何故か私の方をしばし見つめ、一つ大きなため息を吐いた。
「なんとか……間に合ったわね」
何処かで聞いたことのある声だった。老婆の声ではなく、艶のある、凛とした声。
老婆が自らの顔に爪を立てると、ベリっと特殊メイクのようなものが剥がれた。
ハリウッドのような特殊メイク技術で、その下にあった顔は……、
「お、お母……様?」
病弱で、実家に帰っていたはずの伯爵夫人たる母の姿がそこにあった。
私の結婚式にすら来なかったのに、どうしてここに?
「セシーリア、私の娘……。あなたの結婚式に行けなくてごめんなさいね。皇后の信頼を得るために老婆に変装して仕えていたのよ。予言を貰っていたから」
「よ、予言?」
「夢枕に賢者が立ってね、ヒューゴと言うドラゴンが、皇后に殺されたお前をもう一度この世に戻す為に、自らの心臓からなる石を捧げると誓い、そして契約は成されたと」
……!!
自らの心臓からなるエナジーストーンを賢者に捧げた!?
確かに、ドラゴンの心臓なら、奇跡をも起こせる力を、秘めているらしいけど……まさか。
「ヒューゴ様の……エナジーストーン?」
「そう言ってたわ。そして私は私のできる事をしようと、皇后を倒せる隙を狙っていたの」
母は皇后の手首を取って、脈を調べた。
確かにこと切れているらしい。
……そう言えば、魔法の蔵の収納に使ったのは、ヒューゴ様の親の心臓からなる石と聞いた。
自らの……かつての竜の骸から得た魔石は、私の為に使っていた……ということ?
ヒューゴ様は、私を取り戻す為に自らの心臓を捧げ……そして子孫のジュリウス様の中に魂だけの存在として、仮住まいをしている状態なの?
そうまでして、私を……私と会いたかったと……。
涙が溢れた。
私は二人の旦那様と、お母様にも、こんなに深く、愛されていたんだ……!!
今度は皇后が私のかけた外套の下にて眠る皇太子の脈をとった。
「こちらももう、死んでいるわね……」
「王弟殿下の治世が始まる」
「そうだ! 悪魔はどうなったんですか!? 皇后が呼び出した!」
私が問いかけると、ジュリウス様はさも当然のように、
「それは私が倒してきたとも」と、言った。
でも、何か顔色が青い、彼の脇腹当たりから血が……!
「ジュリウス様! お怪我をなさってますね!?」
「あのヤギ頭、少しだけ手ごわくてな」
「早く治療を受けてください!」
「そうですよ」
「そうですよね! お母様! 私、お医者様を探してきます!」
私は駆け出し、塔から出た。城内の魔物は本当に駆逐されていた。
◆ ◆ ◆
それから、反乱軍と皇家の戦いは終わりを告げ、城には王弟殿下とカダフィードの旗が立った。
二つの旗は風を受けて堂々と靡いていて、終戦の証となった。
皇太子には大変な迷惑をかけられても、最後は同じ女を本気で愛したということで、王弟の手により、世間体を気にして前皇帝と共に普通に葬られ、王妃の首は広場に罪人として数日間は晒された。
そしてカダフィードと王弟の軍隊は市民街には被害が及ばぬ様に戦った為、皇権交代はすんなりとなされた。
更に、皇帝殺害と黒魔術を使った罪で皇后は稀代の悪女として、その名を永遠に不名誉なものとして、歴史書に刻まれることとなった……。
〜 エピローグ 〜
私は、戦いが終わって、ようやく真の安らぎを得た。
私の作る商品はよく売れたし、農業の方も新しい土地を王弟殿下から頂いて、どこぞの素早く地球人の叡智を駆使した技術で農耕技術も発展したし、北部が飢えることはもう、ないだろう。
あの戦いから2年後には可愛いらしい息子も無事に授かったし、私は死ぬこともなく、出産を終えた。
───それからまた数年経ち、
「お母様ー!!」
5歳になった息子が元気よく庭から駆けよってくる。
私は腕を拡げて待つ。
最近はもう咳も出ず、すっかり健康になれた。
それは温泉のおかげかもしれないし、ジュリウス様とヒューゴ様、二人分の旦那様の愛のおかげかもそれない。
私は愛する人達と共に、これからも幸せに生きていく。
「つかまえた!」
「きゃははっ」
私が息子をぎゅっと抱きしめたら、ジュリウス様も現れて、
「うらやましいな、我が妻よ、私も捕まえてくれないか?」
などと冗談めかして、笑った。
「あなたったら、ずっと昔から私の方があなたに捕まってましたよ」
「そういえば……そうなのか」
この契約を超えた愛と運命で結ばれた、カダフィードの地で……生きていく。
END