外伝 「竜の花嫁」
竜の子が、どのようにして産まれるのか、私には分からなかった。
人の姿をしているのか、はたまた卵の形で出てくるのか。
ただ、夫婦の営みをする時は、彼は、夫は…人の姿をしていた。
「あの、貴方のお名前は?」
「好きに呼べ、親は私に名などつけなかった」
その時は、たまたま洞窟の中にヒューヒューと、強い風が吹いていたものですから、私は思いつきで、
「では、ヒューゴと」
そう名前を付けてしまいましたが、彼もその名前で納得してしまい、定着しました。
心を通わせてから、あれば何日目だったかも、もう覚えていないけれど。
彼の眼差しに熱が伴い、私の心は揺さぶられた。
たまに命知らずの冒険者や野盗の類が、竜の巣にある宝物を狙いに来ました。
私は最初、ただの生け贄だったけど、彼が私に花をくれて、こんな足の悪い不出来な私に膝をついて、妻になってくれと、願ってくれたから……私は妻として、留守をしっかり守らねばと思っていた。
大抵は途中で盗人は夫に見つかり、撃退されていたけれど、その日は運悪く、出産の後の負荷が強く体の弱った私の為に、お薬を探しに夫は少し遠出していました。
人の姿で産まれて来た赤子は、産婆もいない竜の巣では、夫自らが取り上げてくれました。
「俺の子をありがとう」
初めての出産は、痛くて苦しかったけど、彼のその言葉と、目に涙を滲ませていたので、それだけでむくわれた気がしました。
足の悪い私は大抵は崖の中にある洞窟の巣の中にいて、夫が狩って来た獣やお魚や果物を保存食にしていました。
天日に干したり、煙で燻したりして。
その日の夕刻。
カラスがけたたましく鳴く声がして、不安にかられた私は子供を巣の奥に隠して杖を手に、山の崖の高い所にある竜の巣の入り口まで出てきました。
野盗が巣の近く、眼下まで現れた時は、なんとか子供だけでも守らないと……と、その一心で祈りました。
どうか、神様、子供だけでも守れますようにと、その時、彼が私の左腕に噛み付いてつけた竜の花嫁の刻印が疼きました。
すると、おびただしい数のカラスが集まって飛んで来て、野盗を襲いました。
野党はボロボロになるまでカラス達につつかれ、崖の下に転落しました。
私は震えながら巣の奥に戻り、赤子を抱き締めました。
しばらくして、夫が帰ってきて薬を飲ませてくれました。
彼のくれたお薬のおかげで、春と、夏と、秋と、冬の、四つの季節を赤子と彼とで迎える事が出来ました。
春には竜の姿になった彼がその大きな背中に乗せてくださって、花いっぱいの花畑に連れて行ってくれて、夏には涼しげな湖のほとりに連れて行ってくれて、秋には赤と黄色に染まる木々の様子を見せてくれ、冬には寒さから守るように、彼の大きな体で寄り添ってくれていました。
そしてもう一度、新緑の季節を迎えた時、赤子が熱を出しました。
夫はまた薬を取りに行きました。
今度は人間用ではなく竜の子用なので、違う薬が必要なようです。
赤子の見た目は人の子に小さな角が生えて来た所ですが、どうやら人のものとは違う薬が必要らしかったのです。
だんだん高くなっていく子供の熱が心配過ぎて、私は赤子の汗を冷たい水で濡らした布で拭ったりしつつ、ひたすら回復を祈りました。
私の命を差し出してもいいから、子供を助けて欲しいと願いました。
その私の願いは、また竜の刻印が熱く疼いた後に叶いました。
私は神様に命を返し、子の熱は嘘のようにひき、子は助かりました。おそらくは私の命と引き換えに……。
私はしばらくただの亡霊となり、赤子のそばで夫の帰りを待ちました。
そして薬を持って帰って来たら、熱を出した子供ではなく、私が死んでいたので、さぞ驚いたことでしょう。彼は愕然としてました。
亡骸となった私を抱き締めて、夫が涙を流す姿を見た時には、とうに肉体を無くし魂だけだったにもかかわらず、胸が痛いような気がしました。
彼自身は病気などしたことはなかったらしく、竜の子供用の薬を常備してなくて申し訳なかったと、亡骸となった私に謝ってもくれていました。
もしかして、人である私と竜の混血だったから、体が普通の竜の子より弱かったのかもしれません。
だから私の死も、赤子が熱を出したのも、彼のせいではなかったと思います。
なんの恨みも有りません。
「必ず、そなたが生まれ変わったら、探して、見つける……待っていてくれ、未来で……」
『ありがとう、ヒューゴ……』
彼のその言葉を聞いた後、私は光の柱の導きで一度天に還り、その後、輪廻の輪に加わり、また人として生まれる定めとなりました。
彼との、再会を祈りながら……。
────そして天界で天使に聞いた話ですが、ドラゴンは亡くなった後に、親の魂を子や子孫が受け継ぐ事があるらしいです。
魂が合わさる程に、魔力は高まり、一度分かたれた運命が、再び巡り合う事が叶うほどの祈りが……神様に届くらしいのです。