その日の俺は魔法科の薬剤室にいた。
成績はいい方なので、部屋の鍵を開けて勝手に使えるくらい信頼はある。
実家の公爵家から驚きのものが、学生寮の俺の部屋に届けられたのだ。仕送り食料が寮生活の学生に届けられる事自体は珍しくはないのだが、問題は中身だ。
木箱の中に入って届いたのは、どう見てもインスタントラーメンなのである。お湯で戻すと食える、一度揚げてある麺だ。
うちで一番転生者の疑いがあるのは俺の他だと母親のセシーリアだ。
温泉の湯を使い、温室まで作らせた発想力や農地、道具の改革、開発が全て母の願いによるものだそうだから。
とはいえ、竜血公爵の妻という、特殊な存在ゆえ、転生してなくても謎の天啓を受けて作ったと言われたら、そんな事もあるのかな? と、思わなくもない。
ともかく揚げた麺が特殊な油紙に包まれた状態で送られてきて、同じ箱の中にあった蓋付きの壺の中には粉末スープなるものもついていた。
手紙が添えてあって、そのスープを使えと書いてある。
なので俺は薬草室で育てていたネギを薬味として採取させてもらい、魔道コンロに小さめの鍋をセットし、湯を沸かしてインスタントラーメンらしき物を投入し、長い箸でかき回して麺を解した。
早速ランチタイムにランチの代わりに食べてみるつもりだ。
箸も深めのスープ皿も箱に入ってはいたが、俺は洗い物を減らす為に鍋から直食いするつもりだ。箸だけは使うけど。
しかし我がことながら、まるで一人暮らしの男のやることだ。
粉末スープを湯の中で溶かすと、醤油の香りがした。
そう、カダフィードには何故か醤油があるのだ。母が豆から苦心して作らせたらしい。
そして不意にノックの音がした。
「どうぞ、開いてます」
「しょ、醤油の香りではないですか!?」
荷物を抱えて入って来たのは最近知り合った1年女子。
「ああ、ハッテン場か」
「ハッテンベルガーです!」
「どうした?」
「先生に教材を運ぶように言われて持って来たら、醤油の香りがするではないですか!」
ハッテンベルガーはツカツカと歩みより、鍋の中を覗きこむと、瞳を輝かす。
「まぁた、いいように使われてるのか、子爵令嬢が」
ハッテンベルガーは抱えていた教材を空いているテーブルの上に置いた。
「貴族令嬢先輩と違い、先生のお使いなら銀貨一枚というチップが貰えるので小遣い稼ぎにはなるのでいいのですが」
こいつ、小遣いさえ貰えたら使いっ走りも構わんのか。
「ところでレジェスパイセン!その小さい鍋の中にあるのはラーメンに見えるのですが!?」
「実家からの仕送りに入ってたから、今から食べてみようかと思ってな」
「……!!」
ハッテンベルガーは今にもよだれをたらさんばかりの目でラーメンを見てる。
「……はぁ、仕方ないな、お前、自前の箸とか持ってるか?」
「え、枝を削って作ったものなら鞄の中に、でも今は教室の方にあり……」
自作!?
「子爵令嬢が箸も持ってないのか、哀れな」
「スプーンとフォークとナイフのお国なんで仕方ないではありませんか! それにうちは公爵家と違い、思いつきで箸のオーダーを職人に頼めるような環境ではないですし」
「まぁ、それで自ら削った方が早かったのか」
「そうです」
「仕方ないから未使用の予備をやる」
「なんでパイセンは箸をお持ちなんですか?」
「物心ついた時には我が家には箸が存在し、豆を箸でつかんで隣の皿に運ぶ訓練をさせられた」
これは事実であった。
「絶対公爵家に前世日本人か箸の文明圏の方がいるでしょう?」
「知らんけど?」
「あの、ところで、もしかして鍋から直食いなさるおつもりですか?」
「仕送り箱にどんぶりに使えるスープ皿があったから、お前はそれを使え」
俺は長い足で箱の在り処を指し示した。
「ありがたき幸せ……って、器あるのに何故鍋から直食いしようとしてるんです?」
「洗い物が減るから。なのでその器はお前自分で洗えよな」
「あんがいスボラですね、パイセン」
「お前マジ無礼だな。俺は公爵家令息やぞ」
「公爵家令息がやぞとか言わないでください」
ハッテンベルガーはくすくすと笑った。
「科学準備室でビーカー使ってコーヒーを飲んだ事を思い出すな……」
「うわ、パイセンそれ青春じゃないですか! ビーカーコーヒーと、科学準備室!」
「まぁな」
「さ、ラーメンができたから好きなだけ器によそえ」
「じゃあ遠慮なく」
そして鍋から半分のスープと麺をかっさらうハッテンベルガー。
「お前ほんとに遠慮なく半分いったな?」
「私がしおらしく一口分だけ貰うとでも思ったんですか? 醤油好きの日本人スピリットをなめないでください」
「ハイハイ」
「そして日本人は優しい人が多いから許してくれますね、うふふ」
「お前な、友達の家のお菓子を食いまくる放置子みたいになるんじゃないぞ」
「ろ、労働で返しますから、私は!」
「なんの労働?」
「パイセンの荷物持ちでも靴磨きでも背中流しでも」
「最後になんかとんでもないもの混ざってたぞ」
「公爵家に入り込めるなら先輩の背中くらい流します」
「だから尊厳を簡単に捨てるな、あと、乙女の恥じらいとかはないのか?」
「そんなものはない」
どっかの漫画のセリフみたいに言いきったハッテンベルガーは胸をはった。
「威張るなよ、ただのどスケベだと勘違いされても仕方ねーぞ」
「BL好きなので男性の裸体に耐性はあります」
こいつはあまりにも赤裸々で、もう笑うしかなかった。